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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2002/05/26 Sun■  今月の御徒〜 疎開道路を行く

Walker Brothers
ダンス天国
 環状線の玉造から寺田町までどんなによっぽどうだうだ歩いても2,3時間だろ。いっそ西九条、弁天町回って歩きますか、などと冗談のひとつも出てきそう。だから、いつもの御徒の出発時刻11時じゃ早すぎるというヤモの提言で、12時半に変更しようとしたら、天性のせっかち男=蘊蓄斎が遅すぎるやろと文句を言う。またこう書くと、そんなこと言うてへんわぁと文句言うに決まってんだけど、じゃ中をとって12時7分はどうだ、いや12時4分がよろしと。そんなもん、知るかいな。ようは12時過ぎに行けばええんやろと。地下鉄のナンバでとんからメール来たときにはもうすでに12時4分だった。
 御徒には全然関係ない話だが、なんで地下鉄のなんばは携帯がバリ3なんよ。そのくせ車内じゃ相も変わらず、携帯のご使用は他のお客さんの迷惑になりますのでとうるさいのだ。なんか矛盾しとらん? つまりホームはよろしということだな。それなら窓とかのガラスをに鉄線でも入れて、シールド(静電遮蔽)状態にしとけばよろし。マジに対応する気など当局にはさらさらないのが見え見え。要は、携帯がうるさいと文句言うてくるものへの言い逃れに過ぎないんだよ、あれは。
 なんてことを書いていると、全然前へ進まん。これいつものこと。そしていつものように10数分遅刻して玉造の駅に着いた。ヤモと蘊蓄斎はろくろ首になっていた。
「とんは?」と聞くと、「まだやで、来るんか?」
 来るんかって、さっきナンバの駅で拾ったメールには「着きました。どこ?」としたためられていたではないか。どこにおるんじゃい、と携帯を入れてみたら
「来てるよ」「どこにおんねん」「ローソンあるやん」 あたりを見回してみるとローソンなんてありゃせん。
「どこにローソンなんかあんねん」「桃谷の駅前のローソンやんか」「も、桃谷ぃ〜? 玉造じゃ」「さっきメールに書いたやんか。とにかくそっち行きます」
 あらためてメールを見直すと、タイトルに「いま桃谷」とあるではないか。そんなもん見てるかい。めんどくさかったから、「どこ?」というのに「そこです」となんとまぁ無責任なレスをしたのだった。
 こうして玉造出発は予定通りの12時半になったのであった。

玉造〜鶴橋
 まずは疎開道路の入り口から入ってと、玉造の駅から東に向かって、適当に右に折れる。倉庫やら町工場やらが立ち並ぶ中に、ちょこちょこと古い戦前の家がぽつぽつ残っている。このあたり小さな軍需工場があったらしく、結構戦争で焼かれているらしい。疎開道路というのは、以前はてっきり田舎に疎開していく人たちがわんさか通ったから疎開道路と呼ぶようになったと思っていたのだけれど、さにあらず、このあたりかつては小さな民家がひしめき合っていて道幅が車一台ほどしかなかった。それでは戦災にあったときに延焼して被害が大きくなると民家をまびいて道幅を広げ、その道路で延焼するのを防ぐ目的のためにつくられたらしい。これとてあくまで伝聞なのでウソかもしらんよ。もっともらしい事言うの得意だからね。《鋲螺製作所》だの、《「れ」の書道塾》だの、《穴かがり所》だの、それら以外にもちょこちょこ町工場がぽこぽこあっって、その割りには日曜日のせいで、何やら間延びしたような街の雰囲気。比賣許曽神社なんてのが表通りからふっと入ったところにこっそりあったりするのがまた奥ゆかしくてよろし。
(つづく)

■2003/05/26 Mon■  SARSと爆笑問題

 この話は書き残しておかんとね。それは昨日の朝、つまり日曜の朝に、いまちまたの話題にになっている事件とかとりあげて、どうちゃらこうちゃらやっとる番組がある。いま、ちまたの話題というと、「阪神、強い!」なわけだけれど、そうじゃなくてぇ〜、SARS。SARSと称する会社がどうなったとか、大変なわけです。それで、どういうつもりなんだか、「アメリカはいつも正しい」のデイブ・スペクターは、例によって、いま日本ではそんなふうに騒いでいるが、アメリカじゃこうだよなんて、いかにも得意げに、2つの一コマ漫画を出してきた。1つはビルから落下している人を助けに飛んできたスーパーマンが、助けてやるけどその前に(SARS感染者だとアカンから)体温測らせて」というもの。もうひとつは天国の入り口に検疫所があって、SARSで死亡した死人に「あんたはとりあえず隔離」というてるもの。それを見た爆笑問題の細いほうが「アメリカのギャグってほんっとおもしろくないなぁ」と切り捨てた。爆笑問題にザブトン10枚!
 


■2004/05/26 Wed■  ひきだしの石

先週1週間は、突発イベントの目白押し(くわしくはうらまご参照)で、たいがいパニック状態。そこへもってきてうらまごにも書いてない裏うらまごアフェア(なんじゃ、そら? ♪〜うらのうらはただの表だったりして)も重なって、堪忍してくれよぉーって悲鳴あげてんだけどねぇ。疲れたぁー。これって大殺界なんすかねぇ、細木さん。
《もともと大殺界なる言葉は東洋占術の本場である中国には存在しない言葉ですし、我が国でも昭和57年になって突然現れたものです。六星占術という新商品を売り出すためにあえて大袈裟な呼称を考え出したのだろうと思われます。》
なるほどねぇ〜って、ほとんど興味なし。ちょっと検索かけたら「こんなん出ましたぁー」ってことで引用いたす。
大殺界だからどうだってことでもなくて、こりゃきっとカルマだね(坂本龍一だったか「それはカルマですよ」と何かで連発してたな)、表もうらも裏のうらもどれもこれも。そのカルマに逆らう気などさらさなくて、目の前に流れるカルマからまたひとつきらっと光る石をつかんでは、ころんとひきだしの中にしまう。
 


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