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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■1998/12/04 Fri■ 

ふーーっ、やっとこさっとこ終わったかぁ。まだ月曜があるけど、この8月の後半からのことを考えたらやっときょうで一段落ってところ。終わってからもしばらく動く気になれないで、喫煙室でHとくっちゃべってた。こんなん10年にいっぺんあるかないかだな、もうええわ。そんでもまだあのクソバカからまわってきてる仕事があるねんなぁ、たまらんなぁ、ほんまにぃ(-"-)
う〜ん、この三ヶ月半ほどの間に、忙しいて死にそうだったから、巡礼ボードの管理もやる気になれへんで、noricoにまわしてしもたし、まぁ、忙しい以外にもいろいろあるんだけど、それはおいといて(笑) 
先週なんか血圧が下がりきってて、これはネット中毒の慢性寝不足が原因でもあるけど、仕事に行ったもんの不整脈かなぁ、心臓だけバクバクして気持ちが悪くて休んでしもた。だいたいやね、しんどうて休むなんてのはこれまでの主義に反するのよ。しんどいときに休んだら損、休むんやったら遊ぶために休まな。仕事行って体力回復するなんて豪語してたのにね(笑) あ、ネット中毒にしたって、これといって何してるわけでもなく、忙しいてしんどいぶん、なんじゃかんじゃできるわけでもなくて、ただただお姉ちゃんをDLしてるだけなんて状態だもん。ほかに遊びまわる元気なんてあらへん、あらへん(笑) あと一週間...

■1999/12/04 Sat■  エスカレータ

夕焼けがきれい。ふっとあの日を思い出す。

わかっていても、がくっとくるのは、止まったエスカレーターに足を踏み入れたとき。止まったエスカレーターは、それはもうまったく階段となんら変わらないものとしか思えないはずなのに、あの金属の上に体をあずけた途端、無意識的に体だけが前へ追従しようという記憶だけが残っている。その結果、体の重心がずれて... と、理屈っぽくいうとこうなって、話しとしてはなんもおもしろくないんだよね。それを文学的に捉えてみると、周囲の状況に錯覚を起こして、自分があらぬ方向に進みかけてひやっとすることってある、と、ほら、思い当たることあるやろ。そして、きょうも止まったエスカレーターを用心深く歩いて下りたのだった。


■2001/12/04 Tue■ 

Parliament
TROMBIPULATION
 TSUTAYAはもう更新する気はなかったんだけど、200円で更新して1本無料につられてね、ほんと久しぶりに行ってみたら、それはそれは ずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらずらぁぁっと、なんか、これ、村上龍の何だったか忘れたけど、原稿料かせぎだろうけれど(笑)、レンタルビデオ屋に並んでるタイトルをずらっと書きだしましたと、1ページ「死霊のはらわた」ということばが並んでた。それと同じだな。
 あ、きょうTSUTAYAにずらぁーーっと並んでたのはほかでもない見識が疑われる「パールハーバー」。棚一面に並んだ「パールハーバー」を見た途端、眩暈が起こり吐きそうになった。さっとその裏側に回り込んで別の棚を見てたら、いっぱいありそうでさっぱりないなぁ。同じのが何本もあるばかりでやたら実本数が少ない。肝心のモノがない。へ?何を探してるかというと、『カルメン故郷に帰る』・・・・当たり前ですか、やっぱり。なんで急に『カルメン故郷に帰る』かというと、『ピストルオペラ』の中で山口小夜子が語ってたから。それだけの単純な理由。でもこういう単純な理由というのは大事だと思う。
 その昔、文学少年だったから(自嘲)、『新宿泥棒日記』を観たときに、夜中に紀伊国屋のフロアに本をいっぱい引っ張り出して、その本たちが喋りだすというシーンがあるんだけど、その本をチェックして片っ端から読もうとしたんだよね。その1/3も読めてはいないけれど。そんなひょんなところから全然別の世界が開けていくというのは絶対いいもんだ。
 話は戻って、だいたい世の中の動向にはとんと疎いのだ。白状しておきま。『ハリー・ポッター』だって、はじめはホリー・ハンターと勘違いしてた。なんでこの女優がいま急にブレイクするのだ、おっかしいやないか(このフレーズ、わかる人だけ(笑))、と、で、いまだに『ハリー・ポッター』って言葉は耳にするけど、どういうものだかよくわかっていない。何でも『千と〜』の興行収入をあっさりクリアするとか、初日の12/1には行列ができたとか。ほとんど興味ない。「ホリー・ハッター」なら大好きなんですけどね(この項、内輪受け)。このように人が騒げば騒ぐほど、どうでも良くなっていって興味が失われていく。困ったもんだわ、へそ曲がり。。。
 この難儀なへそ曲がりのおかげで、時にはあとからこっそりチェックしてみたりするハメに陥る。『千と〜』だって、このタイトル、まともに言えましぇん。いくら薦められたって、3年ほど観る気もない。メジャー嫌いってわけでもないんだけど、ヘソ曲げてたら、曲げた分だけ、人が知らない世界も覗ける楽しみがあって、そのほうがおもしろくて、ずっとそうして来たから。P-Funkだって、EW&Fに背中を向けてたら目の前に出てきたんだから。
 あ、そうそう、こないだ神代辰巳の『四畳半襖の裏張り』がBOOKOFFに出てたんよなぁ。あのとき金なかったから、次でもいいやと思うてたら、ものの見事に売れてしまってた。ああいうのは人に借金してでも買うとかなアカン。日活ロマンポルノは以前はレンタル屋にもいっぱいあったのに、今じゃセルビデオ屋にもない。ウスケシばっかりで。



--------------本日の食事
朝昼 トースト1、チーズトースト1、コーヒー1
夕 湯豆腐


■2002/12/04 Wed■  恋人のいない時間

中森明菜
BITTER & SWEET
 きのうレイトショーにゴダールの『恋人のいる時間』を見に行ったんだけど、このとき「ゴダールの」という修飾語は必要だね。ゴダールというので、あ、小難しい映画なんかい、あたしゃパスだね、よくゴダールなんか好きだなと変わり者扱いしてもらえるのだけど、単に『恋人のいる時間』となると、メロウメロウな女性映画路線、『マディソン郡の橋』とかの路線かと思われるでしょ。いや、別にそういう路線は嫌いじゃないんだけど、それにしてもレイトショーにオヤジひとりで行って、チケット売り場でもたもたしてるところに、「『恋人のいる時間』ですか?」と係のおねえちゃんに言われるのってバツが悪くないか。なんか初めて成人映画を見に行ったときに切符売り場のおねえちゃんに「いくつ?」と聞かれて「じゅっ、じゅはち(^_^ゞ」のような。  しかも映画始まる前にそのねえちゃんが客席に入ってきて「ただいまから『恋人のいる時間』を上映いたします」と、な、何度も言うなよ。

 『恋人のいる時間』といえば、中森明菜に同じタイトルの歌があった。作詞したの、誰か知らんけれど、ゴダールから連想したのか、それはどうかわからん。でもボクはそれ聞いてゴダールと同じだなと思ってて、ゴダールにしても中森明菜にしても『恋人のいる時間』というのはそれぞれにあまりに知られてないんだけど、ボクは結構好きでクルマでテープで流しながら一人で歌ってた。アラ、歌詞うろ覚え。恋人はいるんだけれど、独りで暮らしている女の情景描写が利いている歌。
 まごれびゅにもちらっと書いたんだけれど、映画の中で《追憶》《現在》と夫ピエールと愛人のいる妻シャルロットに語らせるところがある。
「僕の記憶は・・・僕は忘れることができない」
「愛に生きるのは現在の中だけ。もし現在がなかったら、愛は死ぬわ」

 映画館の外に出ると、まだ11時前だというのに茶屋町あたりはひっそりと静まっていた。コーヒー飲みたくても店も閉まってしまってる。地下鉄に向かって歩きながら、ふっとそこに何年か前に一緒に来た店。


■2004/12/04 Sat■  ことこ《わたくしは文章が書きたいのです。読みたいのです。》へのトラックバック

ミクシ日記はもちろんのこと、このダイアリーに書かれていることどもも、まるで文章と呼んではならないものたちばかりでそろそろ嫌になってきました。きちんと長い文章を、センテンスのある文章を、パラグラフのある文章を、書きたい。中身なんて意味なんて内容なんてなくてもいいのだ。
 そう、ミクシとか流行のブログ見ていてうんざりするのは文章に巡り合わないこと。それらはそれでいいのかもしれない。他愛のないおしゃべりなんだから。いまの時代に、文章をしゃべるおしゃべりなんか存在していなくて、単語の羅列だけでおしゃべりが成立するのだから。ちょっとボクもミクにも日記は書いてはみたけれど、ボクもことこっつと同様に「文章が書きたいのです。読みたい」ので、続けて書こうという気がしなくて、もうやぁーめたと投げ出した。現実でも2〜3人程度の間でのおしゃべりならよくしてるけれど、それより多く集まってのおしゃべりは苦手だ。ましてや、不特定多数に文章にもならないおしゃべりはしたくない。みっちりとした文章がいい。
 あちこち回ってチェックしてみたけれど、結局またテキ庵に戻ってきてしまった。blog流行で、いまやテキストは影を潜めてしまっているのだが、いちおう最初の《「段落文体」のテキストに特化しています》というテキ庵のお約束のおかげで、そこからたどればある程度、文章を読むことはできる。
 blog流行ということで敢えて書いておくと、とこりさんの『しゃべりたがる私』はすごく好きでずっと読んでいたのだけれど、はてなに移ってから、つまり『しゃべりたがる私のINPUT★OUTPUT』になってからなんだかつまらない。とこりさんとて、blogの形式に惑わされたのか、文章がぐっと減ってしまってる。
 確かにblogの利便性はあるけれど、ボクに限って言えば、文章を書こう、読もうという雰囲気にさせてくれない。文章を書くための道具じゃないと思う。ずっと以前に「携帯メールで愛は語れない」と書いたけれど、blogに現れているのは携帯メールと同じじゃないのかという気がする。しっかり愛を語るのならせめてPCメールと思うのと同じで、しっかりとした文章に行き当たりたかったらblogではダメなのかもしれない。
 ついでだから書いておくと、はてなでむちゃくちゃに嫌いなのが、キーワードの自動リンク。あれ、ほっといたらとんでもない語までおせっかいにリンクつけてくれる。例えばとこりさんの12/03の記述(何度もひきあいに出してごめんなさい)
聞くところによるとディズニーランドミッキーたちは、「ミッキーは本物だ!」と信じている子供たちのために
とキーワードリンクが付いている。このアンダーラインうざくないですか? 文章というものを損ねているとボクは思うんだけれど。あの文脈でミッキーをクリックしてみようという人はいないはずだし、ミッキーに注意を向けたいはずもない。なのに二度もアンダーラインが入ってしまう。ボクのまご本では、cssをいじって、キーワードリンクにアンダーラインが入ることを回避したり、キーワードのチェックを極力はずしている。理央さんの『安田理央の恥ずかしいblog』もはてなに移った最初はおびただしい数のアンダーラインに蝕まれていた。最近はチェック入れてリンクを外してるようでホッとしている。
 ボクだって、うらまごはblog仕様にしてしまってるけれど、あっちはメモ、メモ。文章なんて書く気はない。アルツの彼方に消え去るのをなんとかしようとしてるだけ。最後にもう一度、ことこっつの名言を引用
文章を書いていないと、読んでいないと、文章との接し方がわからなくなる。



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