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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2002/05/01 Wed■  富貴名門の女性に恋するを [長年日記]

Johm Coltrane
Blue Train
  水産放浪歌

富貴名門の女性に恋するを純情の恋と誰がいうぞ。
暗鬼紅灯の巷に彷徨う女性に恋するを不情の恋と誰がいうぞ。
雨降らば雨降るもよし風吹かば風吹くもよし
月下の酒場にて媚を売る女性にも純情可憐なる者あれ。
女の膝枕にて一夜の快楽を共に過さずんば人生夢もなければ恋もなし。
響く雷鳴 握る舵輪 睨むコンパス六分儀
吾等海行く鴎鳥 さらば歌わん哉
吾らが水産放浪歌

心猛くも鬼神ならず
男と生れて情はあれど
母を見捨てて浪越えてゆく
友よ兄等よ何時また会わん

朝日夕日をデッキに浴びて
続く海原一筋道を
大和男子が心に秘めて
行くや万里の荒波越えて

波の彼方の南氷洋は
男多恨の身の捨てどころ
胸に秘めたる大願あれど
行きて帰らじ望みは待たじ



 きのう、ねこさんとこに、「富貴名門の乙女に恋することが真の恋であって 裏町の陋屋に住める娘に恋することが真の恋でないと 誰が言えようか 」と、これはどうも長崎大水産学部の『長崎丸出航の歌』らしい。「富貴名門の乙女に」ですぐわかったよ。たぶんちがうバージョンのがあちこちの大学にあるんだろうな。でも「裏町の陋屋に住める娘に〜〜」より、「暗鬼紅灯の巷に彷徨う女性に恋するを不情の恋と誰がいうぞ」のほうが百倍もカッコいいと思うし、ボクにとっては絶対に「暗鬼紅灯の巷に〜〜」でないとダメ。
 何度も歌ったな。いつもいつも飲んだときには、寮出身の奴を引っ張り出して、まこの前口上からうならせた。そしてボクはっていうと、べろんべろんに酔っぱらっていたからいつまでたってもその前口上は完全に覚えることができなくて、「よーーーーしっ!」とがなっていただけなのに。
 状況劇場が『二都物語』でやってきたときにもその打ち上げでみんなでがなった。唐なんて、「これいいねぇ」とニヤッと笑ってたし、不破もまともに覚えられないのか、ボクらが何とがなっているかわからなかったのか、「おにょおにょおにょぉぉぉーーー!」とがなってた。
 そんなことがついこないだのことのように思いだされてきて、せいしゅん。。。
 いまからでもがんばって覚えよかな、前口上




■2002/05/03 Fri■  安っぽいシロモノだろうが愛おしい [長年日記]

Tom Waits
Night on Earth
 GWったって、何も。Azが「今年はツーリング行けへんの?」と聞くけど、そんなパワーが何故かない。一日ぐらいふらっとバイクで散歩行ってもいいかなと思う程度。自分でもなんでだろと思う。あの頃は、そうあの頃ね、ほったらかしにしてもツーリングに出てたのに。晩ごはんに鰹のたたき食べながら、高知で鰹のたたき食ったなと思いだしてた。なんでほったらかしにできたのかも今から思うと不思議なんだけどね、ひとり徹夜でもくもくと淡路島走り抜けて、ちょっと仮眠しただけで、剣山林道走って。
 それはそれとして、部屋の掃除をしてた。だいたいにおいて捨てるのがひどく下手だから、ほら、剣山林道走ったことも捨てられないでいる。だからマックの周りはゴミだらけ。マックの中もかなりゴミ溜まってる。おまけにうちには猫が8匹いて、しかもマックのところは家中の空気の吹きだまりになってるから、猫の毛だらけ。ほこりだらけ。さらにもまして、BもAzもいらなくなったのを「これ、いらん?」と持ってくるから廃品回収業然としてる。思うに彼女らも捨てるのが下手で、自分で捨てられないから、ボクのところにもってくるのだ。そんなんだから、とりあえず、あっちのものをこっちにやってと、モノを動かすたびに猫の毛が舞い上がる。だから掃除機でぐわぁーっと吸い込んで、ちょっとそっちのものをこっちへとそんなのの繰り返し。
 と、床に落ちてた眼鏡袋をすぽっと掃除機に吸い込んでしまった。あわててスイッチ切って、掃除機のゴミ袋、なんとか言うんだけど知らない、を外そうとしたら、その袋がぱんぱん。ふつうはぱんぱんになるとそのままポイするんだけど、換えの袋をどこにおいてあるか知らないから、眼鏡袋を引っ張り出すついでに、溜まっていたホコリや猫の毛の塊をそのゴミ袋から引っ張り出し始めた。すると、その猫の毛や綿ホコリや人毛や陰毛にからまって、なんと去年の夏から見当たらなくなっていたネックレスが出てきた。ネックレスといってもネックレスじゃなくて、なんだろ? インド物で極く小さい石に穴をあけてヒモを通しただけの数珠みたいななんと説明したらいいかわからないシロモノ。これを3重にしてずっと左手の腕に巻いていたのだ。夏に暑くて汗で腕のところがくしゃくしゃするのでちょっと外して置いといたらいつの間にか見当たらなくなっていた。実はこのネックレス、覚えてる人がいるかもしれないけれど、おとどしの夏のツーリングの最中に一度、道端に落としたのだった。それを1週間後に、帰りにわざわざその落としたと思われる場所に立ち戻って、枯れ草に引っ掛かってるのを見つけたのだ。そんな不思議な縁のあるネックレス。これで2度目にして、もうなくなったと思っていたのが、こうしてまた、それも半年以上も経って戻ってくるというのはよくよくのことなんだなと。ほんと安っぽいシロモノだけど、妙に愛おしくなってしまうのだった。




■2002/05/04 Sat■  邪道と言われようと寝っ転がってビデオで見る [長年日記]

LOVE PSYCHEDELICO
Greatest Hits
 まごまごれびゅなどというものをここ半年やってるけど、その実、映画館は嫌いなのである。ことに最近の映画館は嫌いで、というのはお上品過ぎるから。それとひどく気ままなので、他人と同調できないという悪いクセがあって、横でむにょむにょしやがったらむかつく。かと言って、自分はむにょむにょしてたい。だいたい2時間も暗闇にじっと座ってるのが耐えられない。
 しかも寂しがりなので、一人で映画に行くのは哀しい。ひとりで行くなら、エロ映画に限る!という信念をいまも貫いている。プガジャ(←古ぅ〜、そんなあったん知っとるけ?)買うて行ったら、200円だか安くなったんだよなぁ。さもなくば土曜の夜に自転車に乗って新世界にヤクザ+エロ映画3本立てを見に行く。これはなかなかよろしかった。場所柄といい、客層といい、あまりに素敵だった。ミニシアターとは対極の位置にある。ところが困ったことにボクの好きな映画というのはミニシアターにかかることが多い。ほとんどがいわゆる単館系と呼ばれるものだ。それはどうしてだかというのはわかっている。感性形成期にそれらが同居していたのだ。ミニシアターというのがなく、ロードショー館か、さもなくば場末館かで、『処女ゲバゲバ』なんてのは場末館にしかかからなかった。アニエス・バルダの『幸福』がロードショー館でなく場末館だったのだ。
 考えてみればロードショー館にはほとんど行ったことがない。ほんとに数えるほどしか行ったことがない。そしてさらに考えてみると、そういうロードショー館に一人で行った記憶はない。必ず女とふたり。ロードショーは女と二人と決めている。そして、デートで映画に行くというのも、いまいち解せない。しゃべれないだろ。彼女の顔を見てたくてデートしてるというのに、なんで前方ばかり見てなきゃならないのだ。隣の女が気になって映画なんてまともに見てられないよぉ。かくして《ロードショー=くだらん映画》という公式ができあがる。いや、ほんとにロードショー館で観た映画にろくったらなんないなぁ。そういう映画は娯楽だよ、むつかしく考えすぎだよって、でもカタルシスなら他にいくらでも方法を知っている。
 そうしてますます映画館には行かない。家で寝っ転がってビデオで見る。邪道と言われようとビデオで見る。

■2002/05/05 Sun■  ラブホの会計方法 [長年日記]

Cameo
Cardiac Arrest
 あなたより7歳年上の私は7年多くキャリアをつんでいて、その分収入も多いのだから私が払って当然です。だから、お給料日の後だけあなたがご馳走してくれるのは、心苦しいけれどとってもうれしい。松屋で「並」と注文する私に「玉付」と後から付け加えてくれるあなたの優しさに、いつもうれしくてこっそり泣いていました。
 茶川さんのことだからまともに読んではいけないのですがヒハンヲオソレテ。。ニゲルノダッタ スタコラサッサ(((((((((((((;・ ・)
 戻ってきました(^_^ゞ ええーっとランボーにこの部分だけ抜き出して、ここから話を飛躍させてみますが、設問は『結婚を前提として付き合った場合において、二人での食事の会計方法』(平成14年度 「第一種恋愛感情処理技術者」試験問題)というものでした。これも飛躍させます。
 唐突に『ラブホの会計方法』はいかにすべきかと、ここ数年、頭を悩ませています。というのも、したくても金がないからです。「行こう」と切り出せないのは、ラブホに行く金がないからです。ご存知のようにラブホでご休憩するからには少なくとも、5000円〜10000円の金がいります。しかしボクのサイフに1万以上も入っていることはごくまれな状態が続いているのです。先日、落としたサイフには、なんと1円しか入っていませんでした。届けられた財布を天満警察まで取りに行った際に婦警さんに笑われました。
 ではいま極大値10000円が入っていたと仮定しましょう。もう仮定するだけですらニコニコ顔なのですが。それでも、デートして会って瞬間に「(ラブホ)行こう」とは言えないでしょう。それなりの手続きが必要です。まずお茶します。人の所持金など忖度しない彼女は、スタバか、ドトールで留めてくれればいいものを。「アフタヌーンティーのキャラメルミルクがいいわぁ」と抜かしよります。これで所持金は8500円(仮定)になりました。やっぱ常日ごろからのしつけの問題かねぇ。そしてお食事ですが、吉牛特盛つゆだくで留めてくれるわけないのです。
キハチがエエわぁんん、行けへん?」
 (このミーハー女め(-_-) あんなもん予約は要るやろが、おまえ、おごってくれんのかい?)
 仕方なくパラクッキに行きます。ここなら満足じゃろ。ここのランチは1200円だからちょとうれし。が、しかし、この時点ですでに所持金はリミットの6000円(仮定)にまで下落しています。
 と、サービスタイムぅぅぅ〜〜。が、サービスタイムは午後5時まで。どぼぼ(←とほほの暴アップ版)。時間が気になります。あわててのしかかろうとすると、「シャワぁー、しゃわしゃわ」
 そして悲しいことに老人性遅漏。。。。むぎゃあぱふぱふ・・・ふぎゃああ・・・・しこしこ(ここでもヒットするように! うらまご本日分参照のこと)
「あ、か、帰ります」
「ピンポーン! サービス券お持ちですか? ・・・・・そしたら(←おばはん、いきなり大阪弁)7830円ね」

 こういうとき、どうすればいいのでしょうか。すなおに最初からラブホ直行すべきでしょうか。ラブホのテレホンサービスでオムライスを食うべきでしょうか。最初から包み隠さず「したいけど、金ないねん、ラブホの金出してくれへん?」というべきでしょうか。むぎゅうううう

■2002/05/07 Tue■  雨の日には [長年日記]

内藤洋子
白馬のルンナ
♪〜雨の日には軒を伝う雨垂れの
  いちばんきれいな滴をほしいと思うの

 静かな雨。ゴールデンウィークの疲れを癒すかのようで。この時期のこういう静かな雨はほんとにいい。とくに芽吹いたばかりの新緑が洗われてなんてきれいなんだとつくづく思う。からっと晴れ上がった青空の落ち着きのなさをなだめるように静かに雨が降る。
 こんなふうに季節の移ろいが身にしみるようぬなったのはいつからだろう。まだまだ若いころ、春だ、夏だ、と、ただ漠然と感じ、どこか前へ前へと期待が先行していたのに、いまはあるがままに、季節の移ろいを受け入れている自分がいる。沈丁花の花の香り、最初に開いた櫻、はらはらと散る櫻、そして雨に光る緑。それらがすんなりと自分の中に入ってくる。
 つい最近読んだ本の中だったか、それは経験値の差によるのだというようなことが書いてあった。なるほど、ひとつひとつの季節の移ろいに、それに派生する自分の捨て去ればいいはずの過去がしがみついている。そうして今年もまたあの日がやってくる。



■2002/05/09 Thu■  ダイエット成功経験者はかく語りき [長年日記]


Bond
Born
 この2年ほどほとんど体重に変動がない。まぁその前はどんなに醜かったか、今や知る人ぞ知る。風呂に入ってチンチンが見えなかった。。。。をい(-_-) 年とって痩せたらそれは病気だろうとか開き直ってまでおったんだけど、さすがにあまりの醜さに自分でもあきれ返って、いや、別府の写真ねぇ、おぞましいったらありゃせんよ。それでエアロビクス行き始めたわけ。その写真を見て、すぐ思い立ったわけでもなくて、まだ開き直って怠惰に過ごしてたんだけどね。
 行き始めてからというもの、生来のケチ根性から、払うた金の分だけはきっちり行かな損だとか、せっかくしんどい目したんだから、またバカ食いしてちょっと減った分戻したら損やろとか、だいたいスポーツで汗かいたあとはビール!なんてのは下衆の考えよ。ビールは敵だ!と元々ビールは嫌いだったからエエんだけど。が、しかし、きっちり3度の飯だけは食うて、晩遅くに食うのだけは厳として戒めておったのだよ。こういうところ、まごちゃん、偉いっ! 意志強いっ!
 その甲斐あって、がすっ、がすっと体重は減少。その当時、日記に折れ線グラフまで貼り付けておったでしょ。むははは。そうして99年の10月に始めて、2000年の5月にはすでに、10キロ以上の減に成功しておったのよ。
 ところがだ、ここからがいけない。もう減らない。いっとき、小さくなってた胃袋もいつの間にか元に戻って、いも膳でおかわり自由だとついつい食わな損と、ほぼ確実におかわりはするし、そうさっきも買うてきた大ロシア(べっとりとした白い砂糖がついてるコッペパン)を見ると食べずにおれない。
 でもここまで来ると、もう減らんでもエエよ、という気が先に立ってしまってんのね。増えなきゃそれでよろし。ちょいと食いすぎて1キロやそこら増えててもそんなもんはすぐ落ちる。反対に食わへんかって、1キロ減ったところですぐ戻る。要は今のペースなら変化なしというところ。おまけに、ちょっと会わへんかったりすると、「また痩せた?」とか言う。多分、筋肉化してるんでしょ。(注:筋肉の方が贅肉より密度が大きい)と、いうことで、めでたし、めでたし(=^0^=)
 が、この2年間、気になってることがひとつある。腹のぷにょぷにょが一向に取れん。それ以前の豊満な腹のお肉を覆っていた皮が、そのお肉がなくなっても無くならないのだ。それまで内からの圧力により張りつめておった皮は、その支えがなくなったところで弛んでるのだ。これはボクの美的センスが許さん。イントラのお姉ちゃんに聞いたら「頑張って腹筋やって内から張りましょう」って、あのぉー、無理ぢゃ(-"-) 欲しい人おったらやるで。サイフにでも太鼓にでもなんでもしてくれ。
 えーっと、ダイエット成功するための秘訣を教えといたげよう。バチバチのGパン履くことだな。それもユニクロなんぞの安いのはダメ。ラングとか最低1本1万はするのを履くこと。そうすると、それ履かれへんようになったらもったいないと思う気持が普段の節制につながるのだよ。まちがってもグラミチなんぞの、ゆるゆるベルトつきのダボダボパンツはだめよ。醜かったとき毎日、グラミチやったもんねぇ。ラングの27インチ履きましょう(笑)

■2002/05/13 Mon■  スネオ 逝ってよし [長年日記]

Rolling Stones
Some Girls

 死んでます。。。ぎゃふん('_;)  なんて、実はポーズだったりもするわけです。

 巨人戦が1勝2敗と負け越しだろうが、1ヶ月守ってきた首位を明け渡そうが、それはこの先、秋へかけての練習みたいなもので、確かに85年優勝のときもお盆に巨人に3タテ食わされてんだよなぁ。あのとき、桑田も清原もまだPLのこーこーせーだったのです。まぁ、しかし、きのうの試合を見るかぎりでは、タイガースというのはほんとこういう状況に慣れとらんです。首位がかかってるなんて事態は、もう何年もなかったことだもんねぇ。よくぞ、1勝2敗で乗りきった、と、内心、ホッとしてるのであります。正直、3タテ覚悟だったのですが。
 しかしよくよく振り返ってみれば、2つ目の5回ウラだったか、景気良く3発で逆転した後、なんかどさくさに紛れてやられてしまったという印象があるんだよなぁ。実際、あのときボクはパスタつくっててまともに見てなくて、何や知らん間にいかれてたって印象があるんだよねぇ。
 そしてスネオだよ、スネオ。かの「解説者」福本をして、一言「せこいね」と言わしめたスネオ。どうもあいつにやられたという気がしないでもない。ああいう根性のきちゃないのは巨人の伝統、往年の土井を見よ。あのV9のときには、王、長嶋にやられたという気がしないで、ひとえに土井、それから「ひとえに」と書いて思いだした、黒江にやられた、という印象がむっちゃあんねんけど。どないだ?
 だからやね、3つめのときでも、桧山のセカンドゴロ、野球に「たら」は禁物だけど、あれが抜けてたら、ばこばこにつぶせてたわけ。それを止めたのがスネオでしょーーがぁ。あれは難なくセカンドゴロゲッツーにしとるけど、スネオの隠れたファインプレーなんだよなぁ。守備位置がいいのっ。クソっ! それはそれで4-1とリードされててもまだ行けるはずだった。というのは5回ウラ、ノーアウト1-2塁のピンチで、この2人の走者ともに憤死してるでしょ。あれで流れはきっちりこっちに来るはずだった。その流れを強引に止めてしまったのが、川相、スネオの二人。この2人、ほれほれほれ、土井、黒江でしょうが。

 いや、ほんとに野球のせいじゃなくて、風邪ひいて死にかけてます。誰やねん、まだ夏でもないのに、玄関を網戸のままで夜中まで開けっぱなしにするのは(T^~)クゥ- 寒いんやっ、ちゅうねん。だから、ぼーーーーっとビデオ見ながら居眠りこいて、そしたらまた風邪ひくがね。というわけで、NECOでやってた『ツィゴイネルワイゼン』見てたの。いやぁ、清順は何遍見てもおもろい。元気なったら、れびゅ書こ。

■2002/05/14 Tue■  デブったリックなんて [長年日記]

Rick James
Street Songs
 Ton2が東京に出てしまって、Azも去年あたりからバイトやなんやかやで、晩ごはんの時は、Bと二人というのがぐっと多くなった。これって困るよねぇって、きょうも友達としゃべってた。もう何年もご飯のときには子どもがいて、そうすると、子ども中心に話したりしてるから、そうそう気にならなかったんだけれど、こうして中心になる子どもが二人とも大きくなって抜けてしまうと、ご飯食べながらいったい何をしゃべったらエエのかわからなくなる。実際に1年ほど前などは、二人してそそくさと食べて、ボクはボクでさっさとマックの前に座り込んで、というふうに調子だった。
 この4月からはAzも大学行くようになって、ますます二人で晩ごはんなんていうシーンが多くて、それは新婚さんみたい(^_^ゞなもんで、困ったもんだわ。相変わらず、相互不干渉主義というのは変わってなくて、どこで何してんのやら、お互い知らない。当然、このページにしたって、いっさいURLは教えてへんわけ。そこらあたりは絶妙なバランスとでも申しておきましょう(笑) 最近は自分であっちゃこっちゃのサイトを回ってるから、ここにたどり着くのも時間の問題と言えば言えるかもしれないけど、まず来ないな と、タカをくくってるのだ(笑) 
 それでも晩ごはんのあとに二人で渋茶を淹れておはぎをむしゃくしゃ食べ始めるなんて、いまや、「じいさんや」「はいはい、ばぁさん」の世界。なんて、あ、知ってる人は知ってるだろうけれど、相変わらずド派手です。そしてしっかりシェープアップに余念がないってのがいいなぁ。ここのお肉をとるの、どんなんしたらエエなんて会話だね(笑)
 それで相変わらず、ミーハー系の音ネタはBから入れてくれるし、あ、そうそう、彼女が愛してやまないリック・ジェームズがとうとう来るんだってね。これはchikiやんからの情報。そしたら早速Bはリック・ジェームズで検索かけて探しだしては来たはんねんけど、最近のリック・ジェームズの悲惨なこと。タダのブラックのでぶ。そのモニターに出てきた最近のリックの姿にはさすがに二人して絶句。あのBustin' Outのカッコ良さはどこに消え失せたのだと。同じデブでもジョージのカッコ良さなんて全くないし、相変わらずゴールドじゃらじゃらさせてるだけのデブは見たくないなぁ。うーん、生リックは見たいけれど、見て、がっかりしたくないよなぁ。。。。と二人で断を下したのでした。

■2002/05/15 Wed■  徘徊老人見習い [長年日記]

Modern Jazz Quartet
DJANGO
 図書館で借りてきた種村季弘の『徘徊老人の夏』を朝に持って出ようと用意してたら、Bが笑いよる。なんでやねん(@_@)
 『徘徊老人の夏』ってタイトルがなんともいいのだ。それにもましてこの表紙の写真エエでしょう。あこがれる。まだデジカメ持ってうろちょろしてるようでは青いんでしょうな。
 そしてバリウムの便意に耐えながら、読んでいると、「コイン空間」なる言葉が出てくる。つまり「コイン空間にはおおむね千円以下の、玩具っぽい、ぺらぺらちゃらちゃらした安物の物品のみが集積され」「一度味をしめると病みつきになりかねない」。さらに「コイン空間の住人は、概して子供そのものか子供っぽい人間に限られる」と。
 然り。また「万札のデパート、千円・五千円札のスーパー、コインのコンビニ」というのも正しいかもしれない。が、しかし、コインの原点は市場・商店街にあるというのは信じて疑わない。孟母三遷の教えすら知らなかった愚かな母は、いや、オカンはボクや弟が市場で育ってしまうことから遠ざけようとしなかった。だからいまだに市場・商店街文化、すなわち種村季弘のいう「コイン空間」から抜け出せないでいる。セーユーではだめなのだ。ジャスコではだめなのだ。コロッケを道々食い歩くことのできないのは耐えられない。
 思うに市場の鶏屋の奥は非常に怪しい空間であった。水を流せるように床はコンクリを打ちっ放しのうす暗い空間であった。ついこないだ九条の商店街をひとり徘徊しているとき、そのうす暗い怪しい空間を見い出して心が震えた。そこでは人が生きるための営みを代行してくれていたのだ。
 市場を歩かずして、なのだとつくづく思うのだった。


■2002/05/16 Thu■  ポケットの石 [長年日記]

Rolling Stones
Stripped
 きのうに続いて、また『徘徊老人の夏』からなんだけれど、「何でもない石の話」という文字通り石についての短いエッセイ。つげの『無能の人』にも通じたりするような話。
 その中で松山嚴『銀ヤンマ、匂いガラス』というエッセイ集から引用してるのだが、

 「海岸や川原で拾ってきた小石を掌のなかで握りしめると気持ちが楽になる」

 うんうん、しばらく着なかった服などをひさしぶりに着てみたら、思いきりしょうむないものが入ってたりする。ときには映画の半券だったりもするけれど、たいがいはこんなものどこで拾ってきたんだというようなのもの。たいていの場合、それをどこでどういうつもりで手にし、ポケットに入れたのか、はっきりとしない。たぶん、そのとき、掌の中でころがしていたのを何気なくポケットにしまいこんだにすぎない。特別の思い入れなんかまったくなくて、そりゃたまには思い入れたっぷりのものもあったりするけれど。
 全然、話が変わってしまうんだけれど、ラブホのライターとか、ふつうは持って帰ったりせんよねぇ。それがどこでどう転がって発覚する危険性ありというオトナの算段が働いてふつうは持って帰らない。ところがこれやってしまうんだよなぁ、困ったことに。これもほとんど無意識でふいとポケットに入れてしまって、あとで、うーむぅってことになって、でもよく見たら、電話番号なんか書いてなくて、ホテルのホの字も書いてなくて、ただ《おひるねラッコ》なんて書いてるだけだから平気じゃんって。。。。りゃあああああ大阪の人間だったらわかるっちゅうねん。(注:《おひるねラッコ》入ったことありません。マジ)
 話を本筋に戻して、いや、一度それた話はなかなか修正がきかないもので、昔に家族旅行の途中で一家でラブホに泊ったことある。ヘタなビジホ泊るより風呂がでっかくていいし、設備はいいし、安いし、どこかで晩ごはん食べて、どうせ晩遅くまで外で遊んで(こりゃ子連れで晩遅くまで遊ぶなっ!)るわけだから便利よ。ところが、次の日車に乗ってから、娘が「これ」と差し出したのは、イチゴの絵が描かれたコンドーム。この親にしてこの子ありってところか。いや、なんでもふっと持って帰ってしまうのがね。別に要らないんです。ただそこにあったから。
 ようやく話が戻ってきて、要するに、ポケットの中にしっかり入れてしまうのはコイン空間の住人と同様に「概して子供そのものか子供っぽい人間に限られる」ってことだよね。そして種村季弘もしみじみ書いていることだけれど、「掌のなかで握りしめると気持ちが楽になる」というのは激しく同意してしまう。そのときの掌がリアルに想像できるよ。そしてそれが「海岸や川原で拾ってきた」からこそ大事なんだね。これが、どこそこの何々というようなものならその興味が失われたときに、海岸や川原の小石以下の価値しかもたなくなってしまってたりするもの。この3ページほどの短いエッセイを、石を女に置き換えて読み直してもみたりした。
 ボクの車の中に20cmほどもある石がずっと転がっている。捨てるに捨てられないで、ずっとずっと転がっている。どこで拾った石なのか記憶にない。


■2002/05/17 Fri■  月に向かってそれは抛れず [長年日記]

Last Poets
Holy Terror
maggot-p.com
 きのうの日記で、ポケットの石のことを書いていたら、中原中也の詩に「月夜の浜辺でボタンがひとつ」とかっていうのありませんでした?というメールをもらった。うを〜、中原中也かぁ。

  月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが、
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが、
   月に向かってそれは抛れず
   浪に向かってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



 うんうん、まさに、そう。「月に向かってそれは抛れず/ 浪に向かってそれは抛れず」
 わざわざ、本箱の中をひっくり返して探しだしてきたんじゃなくて、ネットで検索。あったところにリンクしとこうかと思ったけど、消えてしまうともったいないもん。中也ぁ〜ちゅうたらこれっきゃないっていう写真もかっぱらってきた。そこらネットに落ちてるのはなんでももらっときます。
 ふぅうん、「月夜の浜辺」が中学の国語の教科書に出てたんだ。いまの中学生、いや大学生にしても、詩なんて読むんだろうか。教科書に出てくる詩くらいで、自分で詩集を買ってまで読んだりしないんだろうな。そういえば、ボクにしてももう何年も詩集を買って読むなんてことはなくなってる。なんで? どこかで詩というのは青臭いもんだとかとらえてしまってんだろか。ちょっとしたことばの引っ掛かりからの拡がりは小説より詩の方がずっとずっと大きいのに。




■2002/05/18 Sat■  ぽっくり死んだら [長年日記]

Juslisen
Musiq Soulchild
 もうだいぶ前のことだけど、東京福袋のみやしたさんが、サイトオーナーが突然死んでしまって放置された幽霊サイトのことを書いてた。
 ん〜んと、具体的にたとえばボクが、どこかで凍死してしまうとか、野垂れ死にするとか、突然死んでしまうんですよ。ところが本人は死んでもカードは生きてるわけで、ボクの貯金通帳の残高が0になるまで、自動的にサーバーの金は引き落とされる。それが何年にわたるか、まぁ現金はいつも持ってへんけど、通帳にはナンボかはあるはず。じゃあ、こうしましょう、仮にボクが《ゴールなき貯蓄》の鬼だったとして、30そこそこにしていまだ童貞。もちろん嫁子なし。そうして趣味が貯蓄なのだから3000万くらい貯め込んでいても不思議じゃない。不思議じゃないよなっ!>関係者。もし仮にの話です、くどく念をおしておきますが。
もし仮にボクが独り者で金だけ貯め込んでぽっくり逝ったとしたら、そのサーバーの金は何年にもわたって静かに引き落とされていくでしょう。もちろん日記は2002年5月18日からぷっつり更新は行われていません。アクセス数はそれでも世の中には《しこしこ》などという語で検索かける奴もいrくらいだから、月に17くらいはあるでしょ。中には何をとち狂ったか、ボードにでかでかと、つまり《font size=7 color=fuchsia》で、具体的には

おっさん、

  元気か!!


などと書いていくバカがいるかもしれません。が、レスもつかないのだよ。そうして、つぎに書き込んだのが、全然知らない通りすがりの人間がぽこっと
「『アタメ 私をしばって!』はよかったですねぇ、わたしも縛って、ウフン」
などとたわけたこと書いてるのがそれから、1年と7ヶ月後で。。。。笑うててもそんなんきっとあるぞ。
 いや、しかし、まじボクがぽこっと死んだらどうなるんだぁ?どうすんだべ? このサイトどころか、ボクのマックの周辺を整理したら、別にエロビデオの1本や2本が出てこようが驚かないように馴致してはあるけど、この男、いったい何をやってたんだ、まったくぅ(-"-)と、きっと墓に蹴り入れられてもしかたないだろな。ぽっくり死なないようにしよ。死ぬのならきっちり身辺整理してからだな

■2002/05/22 Wed■  ジョエル・ピーター・ウィトキンとヘルムート・ラング [長年日記]

Antonio Hart
It's All Good
 あっちに書いてしまうから、こっちに書くことがなくなてしまうんだけど、あくまで「ちぅかあれ、メモ」なわけです。だからご飯メモはしっかりあっちで落ち着いてるでしょ。でもふつうの生活、仕事行ってという生活をしてると、そのメモから膨らましようがないし、年がら年中欲情してるわけにもいかないでしょ..はぁはぁ(^_^ゞ というわけで、いきおいこっち書くのが疎遠になってしまう。みんなの悩み、ちうか、こんな掛け持ちで日記を書いてるものの悩み。誰に頼まれたわけでもない、頼まれた日誌には「特記事項なし」「異常なし」以外は何も書きません。自分で蒔いたタネだから自分でしっかり水をやるだけ。ボク自身はほとんど何も悩んでません。
 ヤモとヘルムート・ラング展を見に梅田大丸まで行った。その前に、北極星でオムライスのお昼というプランもあったので、アメ村の小さな画廊でやっているジョエル・ピーター・ウィトキンの個展?も覗いてみた。このジョエル・ピーター・ウィトキンという写真家はボクもヤモも知らなかった。Lマガジンに載ってた小さな写真がおもしろそうだったことと、たまたまヘルムート・ニュートンの日程に合うからというだけ。しかも個展だということも知らないで、ヘルムート・ニュートンと同じ程度の規模の写真展をやってるんだとばかり思ってた。こんなふうに偶然なのかな、たまたま巡りあったというのもいいもんだ。
 確かにこのウィトキンの写真、コラージュというのはヤバい。10枚ほどしかなかったのだけれど、その中には身体障害をモチーフにしたものや、ネクロフィルらしきものをだったり、どこからかいちゃもんつけられても不思議じゃない。見終わった後、スタバでコーヒーを飲みながら、50万も70万もの金を払って、あの写真を壁に飾っておける人間ってどんなんだろ。創りだした本人なら、まだしも、飾っておくという行為でヤバいと勘違いされかねない、しかもそれに大金をはたいてるとなると、十人中ほぼ十人が、その神経を疑うにちがいないのに。ボクでもちょっと二の足を踏むな。もちろんそれ以前にそんな金がないから悩む必要もないんですけど。
 それはそれとして、作品そのものはおもしろかった。はまりそう。実際、帰ってきてすぐにネットで検索かけて30枚ほど見つけた。あっち(うらまご)だけならもったいないのでこっちにも1枚いただいとこ。これがこのコンピューター全盛の時代に手作業でコラージュしてるというのもすごいね。

 さてと、本番のヘルムート・ラングのほうが食われてしまいかねない様相だけど、いえいえ、やっぱりヘルムート・ラングはすごいよ。ニュートンは何冊か写真集ももっていてけっこう見てたけれど、現物を見るというのはやっぱりすごいや。ニュートンの現物を見るのは初めてね。きっと日頃、映画なんて寝転がってみるものとうそぶいてるけれど、映画館に出かけてみるのと同じように、いやそれ以上のものがあったな。被写界深度が思いきり深い、つまりどこにでもピントが合ってるのに、しっかり被写体を空間的に浮き上がらせてる。とにかく立体的なの。ぐっと脚から腰、そしてヒップのラインが飛びだしてくる。そしてきっちり見るものを欲情させる。ボクとヤモだけかもしれないけれど(笑)、ヒップを包むスカートのスリットに思わず手をもぐりこませてみたくもなる。それとね写真の現場というのは知らないけれど、ニュートンの場合、すごく映画的なものを感じてしまった。監督とカメラマンが一体になった写真家というのかな、先のウィトキンの場合は撮影が終わった後から、フィルムをカットしていく作業、それが演出であるのに対して、ニュートンは撮影現場での演出効果を感じてしまう。ときに創りすぎだろというのもないことはないけれど、その演出があまりにはまってるのがすごいや。

■2002/05/25 Sat■  きょうもいちにちねてばかり [長年日記]

DJ Spooky
Riddim Warfare
 別にぃ〜、疲れてるわけでもないしぃー。肉体的には1週間ほぼぶち抜きのテニスで限界に来てるけれど、精神的に疲れてるわけでもない。
 最近、とくに4月以降は、ここの更新ペースは落ちてるのは確かだけど、そんなもん当り前じゃんかと開き直ってみる。日々是好日と、平々凡々な日常が当たり前で、そうそう毎日毎日、どわーっと書けるようなことが起こるはずがない。まさに平々毎々(←ニール・ヤング風に口ずさんでください) 
 とるに足りないような瑣末事情は、《うらまご》に書いてるから、別に他人の瑣末事情など興味ないという人には、むしろ、ここに瑣末事情が書き並べなくなったからいいでしょ。でもここも個人の瑣末事情しか書いてませんけどね(笑)
 とにかく現象面的な《きょうの出来事》は《うらまご》に書いて、だから《うらまご》は逐次更新でしょ、こっちは言うてみますれば、朝日の『言語道断』(なんじゃそれ)みたいなもんと、あ、それなら毎日更新せんなアカンか(^_^ゞ いや、とにかくですね、1年前、もっと前なんて、ぽこぽことしか日記書いてませんでしたでしょ。この1年近く、毎日、毎日、書いていたのがいじょー、不思議なんじゃよ。大宰の日記文体の『盲人独笑』にしたって、「きょうもいちにちねてばかり」 それが当たり前なんだって。
 というわけで、この木金土の3日間はとりたてて何もなし。
 ムーア1安打完封などとぎゃんぎゃん騒ぎ立ててもおもろないでしょ。騒いだらまた負けるから、騒ぐのやめます(笑)

 しっかし、きょうのジャケットあぶねぇなぁ(^_^ゞ


■2002/05/26 Sun■  今月の御徒〜 疎開道路を行く [長年日記]

Walker Brothers
ダンス天国
 環状線の玉造から寺田町までどんなによっぽどうだうだ歩いても2,3時間だろ。いっそ西九条、弁天町回って歩きますか、などと冗談のひとつも出てきそう。だから、いつもの御徒の出発時刻11時じゃ早すぎるというヤモの提言で、12時半に変更しようとしたら、天性のせっかち男=蘊蓄斎が遅すぎるやろと文句を言う。またこう書くと、そんなこと言うてへんわぁと文句言うに決まってんだけど、じゃ中をとって12時7分はどうだ、いや12時4分がよろしと。そんなもん、知るかいな。ようは12時過ぎに行けばええんやろと。地下鉄のナンバでとんからメール来たときにはもうすでに12時4分だった。
 御徒には全然関係ない話だが、なんで地下鉄のなんばは携帯がバリ3なんよ。そのくせ車内じゃ相も変わらず、携帯のご使用は他のお客さんの迷惑になりますのでとうるさいのだ。なんか矛盾しとらん? つまりホームはよろしということだな。それなら窓とかのガラスをに鉄線でも入れて、シールド(静電遮蔽)状態にしとけばよろし。マジに対応する気など当局にはさらさらないのが見え見え。要は、携帯がうるさいと文句言うてくるものへの言い逃れに過ぎないんだよ、あれは。
 なんてことを書いていると、全然前へ進まん。これいつものこと。そしていつものように10数分遅刻して玉造の駅に着いた。ヤモと蘊蓄斎はろくろ首になっていた。
「とんは?」と聞くと、「まだやで、来るんか?」
 来るんかって、さっきナンバの駅で拾ったメールには「着きました。どこ?」としたためられていたではないか。どこにおるんじゃい、と携帯を入れてみたら
「来てるよ」「どこにおんねん」「ローソンあるやん」 あたりを見回してみるとローソンなんてありゃせん。
「どこにローソンなんかあんねん」「桃谷の駅前のローソンやんか」「も、桃谷ぃ〜? 玉造じゃ」「さっきメールに書いたやんか。とにかくそっち行きます」
 あらためてメールを見直すと、タイトルに「いま桃谷」とあるではないか。そんなもん見てるかい。めんどくさかったから、「どこ?」というのに「そこです」となんとまぁ無責任なレスをしたのだった。
 こうして玉造出発は予定通りの12時半になったのであった。

玉造〜鶴橋
 まずは疎開道路の入り口から入ってと、玉造の駅から東に向かって、適当に右に折れる。倉庫やら町工場やらが立ち並ぶ中に、ちょこちょこと古い戦前の家がぽつぽつ残っている。このあたり小さな軍需工場があったらしく、結構戦争で焼かれているらしい。疎開道路というのは、以前はてっきり田舎に疎開していく人たちがわんさか通ったから疎開道路と呼ぶようになったと思っていたのだけれど、さにあらず、このあたりかつては小さな民家がひしめき合っていて道幅が車一台ほどしかなかった。それでは戦災にあったときに延焼して被害が大きくなると民家をまびいて道幅を広げ、その道路で延焼するのを防ぐ目的のためにつくられたらしい。これとてあくまで伝聞なのでウソかもしらんよ。もっともらしい事言うの得意だからね。《鋲螺製作所》だの、《「れ」の書道塾》だの、《穴かがり所》だの、それら以外にもちょこちょこ町工場がぽこぽこあっって、その割りには日曜日のせいで、何やら間延びしたような街の雰囲気。比賣許曽神社なんてのが表通りからふっと入ったところにこっそりあったりするのがまた奥ゆかしくてよろし。
(つづく)

■2002/05/30 Thu■  新しい携帯 [長年日記]

The O'Jays
Back Stabbers
 早退かまして、まずは西成図書館に返却。中央とちがって平日は5時までなので、ちょっと土日に他の予定が入ったら返しに行けないのが不便。本だけだと返却ボックスにポイできるのにね。
 それから日本橋で携帯買うた。いちおう1000円。写メールできるやつね。うはうは。これで迷惑メールがまた増える(笑) 告知しておきます。090-6066-9757 maggot@jp-k.ne.jpはもう使えません。手続き待ってる間にぱらぱらと雨が降りだしてイヤな雲行き。
 さっさと家に帰って、さっさとツーリングのためのパッキング。きょうは準備も早い。なんて、ことはなくて、携帯を充電しがてら、いじってみた。字が大きくてよろし。色がぐっときれいになっとるし、これで1000円とは。久保田荘泊りだから、とくに何も持って行くものなどなくて、グレゴリーにちゃっちゃと詰めて、デジカメ、クリエ、携帯、i-Pod....いったい何やねん。電子機器ばかりじゃないの。それとそれらを充電するためのコード類がバカにならない。
 それでもなんとかかんとか、ぽっと飛び乗った。出たのは夕方7時。ボクにしては破格に早いんだよなぁ。7時なんていうとまだぐずぐずしてた。理由は簡単。雨だけがイヤだったから。雨域に覆い尽くされないうちにさっさと走ろうというだけ。
 ひさしぶりのロング・ツーリング。といっても、ツーリングそのもののために走るのじゃなくて単に移動手段としてバイクで走るというだけ。それでも去年1年間はほとんど走ってなくて、おとどしの10月以来だから、ちょっとうきうき。

■2002/05/31 Fri■  朝日のようにさわやかに [長年日記]

Eric Dolphy Quartet
Softly, As In A Morning Sunrise
 いつものように西名阪を走り抜けて天理から山の上にあがって行くとぐぐぐっと冷え込んできた。出る直前にゴアのへりーハンセンとか着込んで汗だくになっていたのがウソのように寒い。とくに下半身が芯まで冷えだした。ぐーっと我慢の子で亀山まで走ったら、もう100km近くで走るのが寒さで苦痛になってきた。なんでこの時期にこんな固まってしまうんだ?と、ほんとひさしぶりのツーリングのせいで暑さ寒さの感覚が狂っている。亀山で名阪から1号線におりて下道を行く。金、安くついてよろし。寒くてたまらんので、鈴鹿の第一旭でラーメンをすする。
 R23を名古屋まで走って、ここらかとぽっと曲がったらばっちり環状2号(R302)。このあたりさえてる。時間に十分余裕があったので、名阪の名古屋の外周に上がらずに下を走ったけれど、この下は信号多くて、やっぱり名古屋圏を通り抜けるのはちょっとでも金払うたほうがまし。(一宮-小牧なんか最悪よ)さらに春日井からそのまま下、R19を走って瑞浪のミニストップで休憩。
 駐車場の2台分を占領して、お子ちゃま暴やんの宴会の真っ最中。9人ほど地べたに座り込んで、みんながみんな茶パツで、をいをいもうちょっとどうにかならんかなんだけれど、岸和田なんかの暴ヤンにのいかつさに比べてどことなく可愛い。3mほど離れたところに座り込んでホットコーヒーをすするボクになんとはなしに遠慮気味。たぶん怪しいんだろうな、泥だらけのオフロードバイクをひとりで乗りつけて。前に鹿児島のヤンキーにも妙なリスペクトされたもんな。それでも宴会お開きになって、ノーへル2ケツでバンババンバンとエンジンを轟かせるのだけは一人前。連中の去ったあとはゴミだらけ。どんな教育されとんねん。
 瑞浪から中津川を過ぎるとますます冷え込んできた。なんぼも走らないで賎母に逃げ込む。寒い。福岡ナンバーのバイクが1台雨に濡れて止まっている。その前のベンチにシュラフにくるまったライダー1人。たぶん雨に遭うて先を断念したか。ボクはというとラッキーなことにそこまでに1,2回パラッと来たけれどそのまま走り抜けて雨に遭うてない。とにかくこれで雨に遭うたらもうダメ。なんせ、舐めきってるから、半そでのTシャツで、パッチなんか履いてませんよ。さすがに寒いから上だけはストームクルーザーを中に着て、その上にヘリーハンセン。ゴアの重ね着です。それでも冷えるのは下からで、ここでストームクルーザーの下も履いた。
 坦々と木曽路を北上。奈良井で13度。寒いはずだ。いつもなら洗馬で入ってしまうところを給油もせなあかんので塩尻の真ん中へ。塩尻十字路のロイホに逃げ込んで、座る間もなく「ホットケーキにホットコーヒー」 運ばれてきたコーヒーカップを掌で包み込むようにして暖をとる。こう寒かったら、もうお年なので、賎母のライダーのように野宿仮眠などでけへんわ。凍死してしまう。ホットケーキも食って、やっと一息ついて、買ったばかりの携帯をいじっていたら急激な眠気に。2時半。
 目が覚めたら4時過ぎ。ちょっと寒くて鼻水がたれる。目の前のコーヒーは完全に冷えきってしまって、ぼーっとタバコを喫っていると、ロイホのおねえさんが「温かいおかわりをどうぞ」と新しいカップでコーヒーをもってきてくれた。ロイホとはこんなに親切なのだ。日頃、ロイホのケチをつけてるのは反省しなければ。みんな、塩尻の十字路のロイホ、夜中に行ったりや。しかしこの夜中、もう明け方近くに子連れで来てるのって、聞こえる話し声は中国語。
 ロイホの優しいコーヒーのおかげですっかり元気を取り戻した。給油して塩尻北ICからR19を離れて、道標通りに走っていると、あずさ農道に入っていた。懐かしい。新村を過ぎると、《レストランニューあづさ》。ここはね、まわりがみんな《あずさ》なのに、旧かなで《あづさ》の由緒正しさがよろし。10年ぶりくらいちゃうかな。前はあんなによく通ったのに。倭橋で梓川を越えて、それでもこの早朝なのに、あずさ農道の信号のうざさと来たらたまったもんじゃない。あずさ農道を抜け道に使えなくなったのはそのせい、それと道路沿いにスーパーとかどっとできてしまって走っても気持ち良くないから。
 倭からサラダ街道の方に入っていく。ここはマイロード。明けはじめた松本平を見下ろして快適。まだ6時前なのか。それでも田舎の朝は早くて、朝飯前に草刈りをしてるおっちゃんとか、婆ちゃんが歩いていたり、それに民家の間を通り抜けるところでは火をおこすにおいが。むちゃ懐かしいにおい。朝の光というのはほんとに優しい。もうここまで来たら急ぐことはない。朝の光を堪能しながら走る。ほかに走る車もほとんどないのでちょっと脇に止まって朝の空気を吸い込む。青木湖ではオリンピック道路から離れて旧道を走った。気持ちいい。一晩、寒さをこらえて走った甲斐があったというもの。いや、そのために走ってきたような朝の光だった。

 6時半到着。連中の寝てる部屋に乱入。しかし車で結局、前の晩遅く着いてゆっくり寝てるかぁ。もったいない。ボクやったら、どこかで仮眠して朝から入れる温泉に行くけどねぇ。朝飯食うて寝る。連中もまた寝る。ボクはそら一晩走ってきてんから寝るやろけど、また寝るかねぇ。なんという弛緩した神経なのだ。
 12時にやっと起きて、北ヤマト園までお好み焼用のいもを買いだし。戻って、こいやでうな丼。やっぱりこいやのうなぎ、そんな言うほど美味いか? ボクはあのうなぎは好きやないな。肝吸いの肝もへめくそしか入っとらんのは許せん。いまだにこいやへの怨みは払拭できず。A型は執念深いのだ。
 腹もふくらませていよいよ小日向の湯へ。ぽかぽかと日が射して、温泉浴、日光浴、森林浴。とうぜんすっぽんぽんでまた寝る。温泉は寝てナンボ(笑) いや、マジに温泉つかって、湯の横で寝ることは至上の幸福。並み居る『ライバルは老人』(c)Pochiをすべて蹴散らかしてのたっぷり2時間、日が蔭って寒くなるまでつかってた。
 さてさて、夕食はどぉーんと山菜。いへ、ちょっとずつ小分けにされた山菜が並んで、これは何だ?うん?くちゃくちゃ、アカンわからん、料理長呼んできて説明してもらお。「あ、それはですね、うとぶきですね、ここらでは穴の開いてるのを宇登呂とか言うんですよ」ふむふむ、山ウド、アザミの茎、いら、さてあとひとつ何でしょ(笑) しずく菜、それが一番クセありますかねえと、なるほど、ボクはクセの強いのが好きじゃわと、つぎにうとぶきに箸を伸ばすと、うんうん、これも何とも言えぬ味が。皆さん、同じように、とくに誰かさんはうん?と小首をかしげ、口をぺちゃぺちゃと小さく動かしまさに吟味役。吟味の後には誰も聞かない蘊蓄たれておるのでありました。このように何が何だかわからん、玄人の山菜を供するのは、料理長のこだわりってもんでしょうか。下戸のボクでも日本酒ちびりちびり。そしてひときわどかぁーんと目を惹いたのが、根曲がり竹の塩釜。さらにこしあぶらの天ぷら。これに刺身がついて、さらにステーキが、そんなようけ食えるかいなというところに、どっと蕎麦。腹ばんばんになってさらっとお茶漬け食いたくなったというときに、鯛のお吸い物、鯛をオリーブオイルでさらっとあげたのに、な、なんとズッキーニだ。ははぁ〜〜、ごちそらまぁ。
 おやすみ。朝まで寝ます。


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まごアン