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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2002/12/04 Wed■  恋人のいない時間 [長年日記]

中森明菜
BITTER & SWEET
 きのうレイトショーにゴダールの『恋人のいる時間』を見に行ったんだけど、このとき「ゴダールの」という修飾語は必要だね。ゴダールというので、あ、小難しい映画なんかい、あたしゃパスだね、よくゴダールなんか好きだなと変わり者扱いしてもらえるのだけど、単に『恋人のいる時間』となると、メロウメロウな女性映画路線、『マディソン郡の橋』とかの路線かと思われるでしょ。いや、別にそういう路線は嫌いじゃないんだけど、それにしてもレイトショーにオヤジひとりで行って、チケット売り場でもたもたしてるところに、「『恋人のいる時間』ですか?」と係のおねえちゃんに言われるのってバツが悪くないか。なんか初めて成人映画を見に行ったときに切符売り場のおねえちゃんに「いくつ?」と聞かれて「じゅっ、じゅはち(^_^ゞ」のような。  しかも映画始まる前にそのねえちゃんが客席に入ってきて「ただいまから『恋人のいる時間』を上映いたします」と、な、何度も言うなよ。

 『恋人のいる時間』といえば、中森明菜に同じタイトルの歌があった。作詞したの、誰か知らんけれど、ゴダールから連想したのか、それはどうかわからん。でもボクはそれ聞いてゴダールと同じだなと思ってて、ゴダールにしても中森明菜にしても『恋人のいる時間』というのはそれぞれにあまりに知られてないんだけど、ボクは結構好きでクルマでテープで流しながら一人で歌ってた。アラ、歌詞うろ覚え。恋人はいるんだけれど、独りで暮らしている女の情景描写が利いている歌。
 まごれびゅにもちらっと書いたんだけれど、映画の中で《追憶》《現在》と夫ピエールと愛人のいる妻シャルロットに語らせるところがある。
「僕の記憶は・・・僕は忘れることができない」
「愛に生きるのは現在の中だけ。もし現在がなかったら、愛は死ぬわ」

 映画館の外に出ると、まだ11時前だというのに茶屋町あたりはひっそりと静まっていた。コーヒー飲みたくても店も閉まってしまってる。地下鉄に向かって歩きながら、ふっとそこに何年か前に一緒に来た店。


■2002/12/11 Wed■  Pity's akin to love [長年日記]

Fairport Convention
Full House
   ご自愛下さい。。。「あ」は抜かないように……

って、あ、あのねぇ(汁) あのですねぇ、《Pity's akin to love》って言うでしょ。すなわち《慰めは愛に似てる》 をい、そのままじゃないの(棒汁)

 《Pity's akin to love》ということばが、最初にボクのところにやってきたのは高校生の時。ちょうど女にふられて落込んでるところへ、別の女から手紙(手紙だよ、手紙、メールじゃないゾっと)が来て、それに《Pity's akin to love》としたためられておった。なんじゃこりゃと、英和辞典でひきました。

  akin 【形】 1. 血族で、同族の 2. (…と)同類で、同種の

と、ちゃんとPity is akin to love. の例文も出ておったな、なになに、「憐れみは恋愛にちかい(ことわざ)」とな、こいつは何を言いたぁてこんな手紙書いてきおったんじゃ(-.-;) はいはい、ふられておちこんでんのを横で見てたら、ちょっとまごちゃん可哀想になってるうちに、ん?ボクに惚れたんか?といろいろ悩ませてくれやがってね、いったいどう解釈すればエエんよ。それで直接聞いてみたんよね。そしたら、「『三四郎』やんか、すとれいしーぷ」とまたわけのわからんことを{^。^`;トホホ またしても英和辞典のお世話にならんなあかんようになって

  stray 【形】 …(略)… stray sheep 迷える羊

 仕方がないので『三四郎』を読み始めた。読んではみたものの、蒲団の真ん中にタオルで仕切りをつくって、ひとつ蒲団で女と寝た(やったのでない!)なんて、文豪は純情だったのか。結局、彼女がボクに意図したものは何だかわからんかった。彼女とはとりたてて恋愛関係にはまったわけでもなくて、高校卒業したらそれっきりで、今もって《Pity's akin to love》が意図したことはわからないまま。
 たぶん、落込んでるボクを見てたら、母性本能をくすぐられて、ちょっと気になったってところでしょ。そういうことにしとこ、って、そういうことにしてるんだけどネ。
 ご自愛いたさせていただきます。


■2002/12/15 Sun■  粗珍の性歴ー白日夢 [長年日記]

Honey
Ohio Players
 夕方からふらっとミナミへ。日曜のこの時間のアメ村はお子様でいっぱいで、ある意味、原宿化しておってつまらない。そういったところは無視してアメ村古本祭に。
 あれこれ見てたが、一番おもろいなと思ったのは『粗珍の性歴』という独立系のピンク映画のポスター。たぶん70年頃なんだろうか。田中真理の『しなやかな野獣』にまざってあったのと、いかにもというタッチの手描きの絵がらが70年代のにおいがぷんぷん臭う。こんな映画、知りません(^_^ゞ ひょっとして3本立てのうちの1本として見たかもしれんが、記憶にございません。出てる女優も、監督も知らない。でもタイトルがエエやんねぇ。他のにくらべて安かったし、たしか500円くらい、よっぽど買うたろかとも思うけど、うちの女たちに顰蹙かいそうだもんなぁ。トイレに貼っとくとしても、だ。
 武智鉄二の『白日夢』があって、秘蔵写実第二版などと表紙に書かれてあって、何やら怪しげ。安かったし、とりあえずこれは即ゲット。あとちょこちょこと漁って、日頃ヤフオクで漁ってるから、とりたててめぼしいものは見つからず。
 アベノのBEAMSに用事があったので、いつものわなかのたこせんにかじりつきながらぷらぷらとアメ村を抜けて、地下鉄で天王寺へ。BEAMSでK子を探したけれど見当たらず、休憩中かもとスタバでコーヒー。暖かかったので表でタバコを喫いながら、買うた本のビニール袋の封を開ける。いまや漫画とか、その類はビニ本だもんなぁ。
 で、『白日夢』です。パラパラと開けて見るに、ほぼ全ページにわたって、カラミの写真。愛染恭子じゃないですか。はっと、ボク勘違いしてたんよね、『黒い雪』と。『黒い雪』、これも見たことはない(だって公開はボクがまだ中学生のときだったから)んだけれど、厚木基地だかの金網の前を全裸で走ったとか、それから『黒い雪』裁判なんてのもあって、当然武智鉄二だから猥褻です(^_^ゞ で、目の前にある『白日夢』を見ていると思いだした。これは『愛のコリーダ』のちょいと前、日本で初めての本番を撮った映画だったのだ。男優がかの佐藤慶で、いざ本番シーンをとる段になって、さすがの佐藤慶も緊張したらしくインポテ状態で、愛染恭子がしゃぶってやって、なんとかいたしたという話をどこかで読んだことある。そのとき、まぁその当時フェラチオなんてのは、今のようにポピュラーな行為でなくて、かなりアブノーマルな行為と認識されておったから、すげぇーな、女優っていうのも、映画のためにはしゃぶりますかぁ(..;) ボ、ボクも....なんて思った。そのことを思いだしてた。
 いまだったら、ウスケシやら流出で、当たり前だけれど、たとえば愛染恭子をころがして、下半身を抱え上げて、佐藤慶が指をケツにつっこんでるというのまで写ってるぅ。ナニ、これほとんどエロ本じゃんか。ところが、ぱっくり写ってるはずの、マ●コの部分には口の写真が嵌め込まれてたり、たぶんビラビラまで写ってたんでしょ、能面の写真がはめこまれてんの。当時のご苦労がしのばれるのと同時にけっこう笑えるナ。それにしても、時代的に見るとかなり過激です。それでこういうのをさすがのボクとはいえどもスタバで堂々と見るわけにいかず、すぐに別の本のビニールの封を切ってましたけどネ。
 『白日夢』の映画の方も、これは公開当時(76年頃?)もう十分に見れる年になっていたにもかかわらず見てないんだよねぇ。見てみたいなぁ。  


■2002/12/17 Tue■  猫の記憶 [長年日記]

Isle of Wight
Jimi Hendrix
    あなたはすぐに写真を撮りたがる
    あたしは何時も其れを厭がるの
    だって写真になっちゃえば あたしが古くなるじゃない

 いい加減、歳をとると、つまりこれまでの時間に比べて残りの時間の方が絶対に短いと感じられるようになってくると、どうしても過去を引っ張り出してきてしまう。ボクなんかの場合はそこんところは適当でいいんだけど、上の「ギプス」じゃないけれど、写真家の場合は時を刻みつけることが飯を食ってるわけで、シャッターを押す瞬間瞬間に過去になっていくというのが宿命となってしまってんだよね。
 そういうことを考えてしまうのは、実はいま写真家の森山大道の『犬の記憶』を読んでるから。そこで彼はそのことに葛藤してるんだよね。ところが過去ということに限らず人間というのは、形を残したいという業に縛れているわけだから、前へ前へ走ろうとすればするほどに、足跡という過去がひとつひとつ増えていくことになる。そういう二律背反を孕んでいるわけだ。ボクなんてのは、そこへもってきてナルちゃんだから、その足跡を石膏で型とってでも残していきたいってくらいでどうしようもない。
 ボクがまだ高校、大学だったころに、親父が「大昔のことなんだけどな」と切りだして、彼がまだ学生だったころの話をよくした。大昔、むかしむかし、山へ柴刈りに..... その話を、いまその当時の親父の歳にまでなって、自分に置き換えてみると、どこが「大昔のことなんだけどな」という気がする。ついきのうのことのような。ジミヘンが死んだ、三島が自決したなんていうのはまだリアルタイムでしかないような気がする。この30年というものずとリアルタイムのまま。それは全く成長していないというべきか、いつまでもひきずって生きているというべきなのか。うまくまとめておくとすれば、少年のまま。
 ということで落ちができたのできょうはこのへんにしといたろ。


■2002/12/18 Wed■  猫の記憶 Part2 [長年日記]

Paid tha Cost to Be da Bo$$
Snoop Dogg
 きのう日記のタイトルを、犬だから猫という単純な発想で『猫の記憶』として、はたと思いだした。『猫に未来はない』(長田弘)のだった。猫は前頭葉だかどっか、未来を考える脳の一部が欠落しているので、未来を考える、例えば餌がなくなるから蓄えておこうとか考える能力がないということを長田弘がそのあとがきとかで書いていた。確かにいま何匹おるのか公表するのも恥ずかしいくらいの猫と一緒に暮らしていると、彼女たちは一様に刹那的に生きていると感じられる。あしたのことなんか知っちゃいないヨ。

 Pと初めてまともに話をしたときに、Pがボクに聞いてきたのは「10年先にどうなってるか考えたことある?」だった。ボクは「ない。考えたってわからんし、どうなるかわかったもんちゃうから考える気ぃなんかせえへんやろ」と答えた。

 猫に未来がないとすれば、猫にあるのは過去ばかりで、悪く言えば執念深い、遺恨を抱えて生きているわけだ。ボクが最初に遊んだ猫はGの家にいた猫で、Gのところに遊びに行くとどういうわけか、ボクにすぐすり寄ってきた。たぶん雌猫だったにちがいない。あるとき猫の目の前に指を突きだしてやると、その指にじゃれついてきたので、そのうち指をトンボにやるように回し始めた。するとボクの指先をずっと目で追いかけて、そのうちころんと寝転がってしまって、仰向けになってもまだ指先を追いかけている。完全に目が回ってしまって、そのあとふらふらになってまっすぐ歩けない状態になってしまった。それからGの家にいっても、その猫はボクに寄りつかなくなり、逆にボクを見ると逃げ出すようになってしまった。恨まれてたんだ。

 『猫に未来はない』には長新太が猫の挿絵を描いていて、ボクは大学時代、その絵を刺繍した枕カバーで寝ていた。


■2002/12/21 Sat■  びやぁぁっ〜〜〜〜〜っち [長年日記]

The Cat
Gimmy Smith
 ぶぶちんと一緒に風呂に入って、ふくちんと一緒に寝る。
 これ、しあわせ。ふくちん抱いて寝たらぬくいから気持ちがいい。ふくちんを撫でてるうちにすうううっと寝てしまう。ふくちんはとてもいい子で、うちにおる猫どもの中で一番抱かれ上手なので取りあいになる。でもたいてい最後に寝るボクの勝ち。
 それでもボクが外から帰ってきたところで誰もお迎えに来ないくせに、Bが帰ってくるとたったかたぁとみんなで玄関に飛びだしていくのはたいしたものだ。あんまりにゃあにゃあとくっつき回られるのも煩わしいから、それでいい。寝るときだけ一緒にいてくれたら。あれ、これは男の身勝手というもんか(^_^ゞ
 そういえば、ツンクの歌に、キミが寝てしまうまでボクは起きてる キミの寝顔をみていたいから とかいう歌があるらしい。「あるらしい」というのはボクは聞いたことないのだよ。という歌があるんだって。それで言えば、ふくちん様はボクが寝つくまでじっとボクに抱かれてる。理想的なお猫様なのである。

 思うにボク自身は猫が好きなわけでなくて、猫が好きな女が好きなのかもしれない。たぶんボク自身がかなり猫っぽく執念深いからだろう。


■2002/12/23 Mon■  Goin' Down Slow [長年日記]

Otis Spann
Walking the Blues
 あと残すところも1週間というところで、早くもまとめにかかっております。

 1/14大川心中天の網島を道行く
 2/11上町雪中上町断層上がったり下がったり
 3/16住吉街道蜘蛛籠かついで
 4/21京都御所の細道、鬼門の怪
 5/26生野コリアンタウンでキムチを盗み食う
 8/12-14東京灼熱の帝都彷徨
 8/31東大阪番外チャリンコ隊で一汗流しに
 9/29尼崎ルーツをたどって
10/27奈良
11/23伏見

 というふうに、今年の大きな収穫の1つが「お徒歩」で、なんとか継続的なイベントになってしまいました。なんか因縁をつけて路上観察やっちまおうという目論みがまんまとはまったというわけ。
 ボク個人としては、これ以外にも、ちょこちょことヒマにまかせて徘徊しておって、まさに種村季弘のいう「徘徊老人」の域に迫ろうかと(^_^ゞ 実際、トマソン=路上観察に端を発して、町を歩いていると、どんどん町の見方が変質してきて、赤瀬川先生から森山大道(この人、持って生れたような名前だ、もちろん本名)先生にシフトしつつある。だから10、11月のラスト2回は都合がつかなかったけれど、話を聞いていると、なんかボクが嗅ぎ回りたいのとちがうなという気がする。またこんなことを書くと、行かれへんかったからと何を負け惜しみ言うとんねんとメール来るんだろうな。来たら、うるさいので先に書いておきます(-_-)
 8月の熱射病のように東京を歩き回ったときに、深川でトマソンは見当たらない、お宿かわせみの匂いもない、という情景だったのに、あとになって、あの深川を歩いたのが一番印象にきつい。絶対にこんなもんはおもしろくも何ともないし、自分自身でもおもしろくなかったのだけれど、がつーんと残ってしまっている。それは、夏になる前に荒木経惟の『東京は、秋』を見て読んでいて、その中の《ベタ光線》として括られた3枚の写真とすごくオーバーラップして、ボク自身が突き動かされてしまってるから。

    陽子 これなんかすごいね。だって車が止まってるだけだよ。
    経惟 いいだろ、ゴーストタウンみたいで。外国のハイウェイの写真みたいだな。

 この荒木経惟の写真にしても、絶対におもしろくもなんともないヨ。誰にだって写そうと思えば写せる写真のように見える。ただ誰もあんなショットは狙わないだろうけどね。でもこうして突き動かしてしまえるというのが、天才アラーキーってところなんでしょうか。
 自分の中にある原風景の中にポツンとおかれた、いや連れ戻されたような気がする。真夏の日射しの中に自分一人取り残されて。そうした原風景を取り戻そうと、たぶん来年も歩き回ってるんだろうな。


■2002/12/31 Tue■  ゆく年くる年 [長年日記]

Funkadelic
The Electric Spanking of War Babies
 というわけで、紅白も終わって「ゆく年くる年」の時間となりました。 今年もいろいろとご支援ありがとうございました。とくに夏以降、なんでだか、努力もなんもしてないのにねぇ、アクセス数がじりじりと増えてきて、うれしいやら。まごれびゅも、ここ最近はサボり気味なのに、逆にランキングは上がってうれしいやら。バイクのほうも春先には今年は走るぞと思うていたのに、結局ほとんど走らずじまい。来年こそは走ろうーっと(笑)

 をを〜〜っと、ここでカウントダウン

 新年明けまして、と、をを〜〜っとボクは今年は喪中なのね。だからごぉ〜〜んと鐘でも撞いておきます。
 思うに、きのうも電話で話してたのだけれど、いまはぐーっとばねを押し縮めているとき、なんかおもしろいんだよね、今の状態も。びんびんにばねの反発力が伝わってきておるよ。
 ということで来年(いちおう新年は新年で書くとして)もよろしくです。


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