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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2003/01/01 Wed■  愛の風船 [長年日記]

Parliament
Up for the Down Stroke
 毎年のことで元旦だからといってこれというわけでもなく、いままさに書き留めておこうということもなくて、ただいちおうの「切り」なので書いております。節目というのは大事よ。

 ゴダールの『女と男のいる舗道』に「言葉は愛とおなじだ」という哲学者ブリス・パランとアンナ・カリーナの会話が挿入されている。必要でないものかもしれない、なければなくていいものかもしれない。ただ書き残しておきたい、話してしまいたいという衝動が(言葉も愛も)「それなしに生きていけない」のだなぁと。だからこうしてまた書き残してるんだといえば、かっこいいけど、そんなかっこいいものでもないナ。
 そんなことからふっと思ったのに、愛にしても、膨らませるのも、しぼまるのも一瞬だなと、そうしたら『女と男の〜』で、風船を膨らませるパントマイムというか、ちょっとしたコントがはさまっていたのも思いだして。
 何かをし始めるとき、もちろん誰かを好きになるというのもおなじなのだが、勢いでやってしまわなければ、何も始まらないなと思う。風船を膨らませるときも同じで、肺にいっぱい貯め込んだ空気を一気に吹き込まないと、ゴムの張力に押し返されて風船は膨らんでいかない。一度、膨らみ始めた風船は、そのあとは徐々に空気を吹き込んでやるだけでどんどん膨らんでいく。ただちょいとさぼっているとひゅるるぅと空気が抜けてしまうものだし、大きく膨らんだ状態を保つには風船の口をぎゅっと握っておいてやらなければならない。たしかに口を括ってしまうという方法もあるけれど、括ってしまうと、風船はポーンポーンと弾くばかりの別の物体に変わってしまう。もちろん、どこまでもどこまでも膨らみ続ける風船があれば、それはいいんだけれど、いつまでも空気を吹き込み続けると、バァーッンと割れてしまうものだから。
 どんなに大きく膨らんだ風船でも、口を握る手を離した瞬間、一瞬にしてしぼんでしまう。その風船をどうするかは、あんたの勝手でしょ。ただ一度膨らませた風船は、次には膨らましやすくなっているのもなにかの救いのような気がする。


■2003/01/05 Sun■  正月気分 [長年日記]

Toni Braxton
Secrets
 小さいころ家が商売をやっていたもんだから年末は忙しくてよく里子に出されてたりした。そのかわり三が日は家中が寝正月。それでもなんとか親に遊んでもらったりはしてたな。暮の忙しさとは対照的に家中がぼんやりしてる感覚が好きだった。
 近くの店が2日などから開いたりすると、なんてことをするネン、せっかくの正月気分が台なしになってしまうやんケと子供心にむかついたりもしていた。そのくせ、本屋に行って双六やゲームの類を買うために本屋だけは開いているのは可なのだった。というか、正月に開いている本屋というのは、ほかの店が閉まっていることもあって異空間で、そこだけは開いておいてくれないと困るのだ。だから夜遅くになって本屋に行って閉まっているのを見てなにか淋しさを感じたこともあったような。
 もう少し歳を食って高校のころになると、正月のぼんやり感が好きだったことなどほったらかしで、家のなかでじっとしてることもできなくてミナミに遊びに行ったりもしたけれど、正月ということでかなりの店が閉まっていて、お茶するにもなにか食べるのにもまともに開いてる店がなくて、やっぱり正月はつまらんのぉとツレとボヤいてた。
 ここ数年は、もう正月といってもコンビニはずっと開いてるし、スーパーにしてもデパートにしても休みは1日くらいで2日になったらもう開いている。今年の2日は何してたんだ?(と、ははは、思い出せないでうらまご見たのだ) そうそう2日はキタまで行ったのだ。もう人がいっぱいで、正月気分もあったもんでなくて、おまけにバーゲンもすでに始まっていて、一昔前なら正月気分が抜けたところでバーゲンに奔走してたのに、今年なんかいきなり2日3日とバーゲンに走ってる。今年の服買うのもこれでおしまいですけどね(笑)
 一方で正月返上で可哀想にお受験と塾に集められているお子ちゃまなんかもいたり。そんなことしてるより家で百人一首でもやってるほうがずっとずっとまともな人間になれるのになぁ、ボクみたいに。いまでも半分くらいは上の句だけで取れるんだゾ。
 そして空を見上げれば飛行機は飛んでるし、正月といえども働いている人もいっぱいおるのだなぁ。電車も走ってるし、第一、年賀状も元旦にちゃんと運ばれてくる。あ、今年、初めてわかったことなんだが、元旦にも年賀状だけでなく書籍小包みなんかの配達もしてるのだ。
 で、ボクはというともう5日なのに、まだまだまだ正月ぼんやり気分は抜けないで、うーん、休みあと2日しか残っとらんのか、ひどく残念な口惜しいような、いつまでも正月だったらエエのに。


■2003/01/07 Tue■  悪い時代 [長年日記]

Brigitte Bardot
Brigitte Bardot Show
 T2は5日に東京に帰ってしまって、その直前にはT2とハカヤで焼肉をつつきながら、色々と話し込む。少なからずT2はショックを受けてはいたようで、そりゃそうだ、その前日にはボクとT2の二人でいろいろ話をしていて、その直後にハカヤの変貌ぶりを見せつけられたら、彼女にはなかなかいい勉強になっただろ。
 で、きょうは家族3人でゴダールの『軽蔑』を観に出かけるとは、なかなかヒップなお家でしょ。初めはバルドーだぞと唆したBと2人でしっぽりと観るはずだったのに、ちらちらとAzも聞いてるんだネ、日頃、ぼそぼそとゴダール云々と言うてるのを。彼女は彼女で大学で仏語やもんだから、それなら一度ゴダールというものでも観てみようかとくっついてきた。
 よくよく考えてみれば、Azと映画に連れて行ってやたことなど彼女が生れてこのかたなかった。ドラえもんも、そして千と千尋だって、死んだおじいちゃんにまかせっきりだったから。さらによく考えてみると、ボクがAzの歳のころにはゴダールとかパゾリーニとかばっか観ていて、いっちょ前に、あーじゃこーじゃとぬかしていたのだ。だからこれでAzがゴダールにはまるも良しなんです。終わってから、来週また来るけど、連れてきたろかと水を向けてやると、うーん、来週はバイトがあるからなぁなどといちおう思案しておったけどね。いまさらゴダールってわけでもないけれど、中平卓馬のことばを借りれば「悪い時代だなぁ」
 中平がその70年当時にその時代をさして「悪い時代だなぁ」とボヤき、その当時に一番多感なころを生きたボクがさらに70年以降を「悪い時代だなぁ」とボヤく。ボクが「悪い時代だなぁ」とボヤいている間にもどんどん時代は進んで、悪いながらも取り残されずにすがりつこうと必死だよ。でもいろいろなことでがつーん、がつーんと頭を殴り飛ばされたような衝撃性ってのはいまは見当たらない。ひとつにはボクらが怠慢こいてるせいもあるんだろうな。
 それでもその当時に、ゴダールもパゾリーニもわかっちゃいなかった。今でも、まごれびゅなどと偉そうに書いてはいてもなぁーーんもわかってなんかいない。でもな、はからずもハカヤの口から洩れた「ハッタリなんよ。ハッタリかましてたらそのうちなんとかなるって」というのを聞いて、こいつ侮れんようになったなと思ったのだった。


■2003/01/11 Sat■  豚の餌 [長年日記]

Missy Elliott
Under Construction
 カット行くのにアメ村に出て、ちょうど昼過ぎだったのでなんか食おうと入ったのが、□に/を入れて「マス(桝)」と読ませるマス屋。20代くらいの子らでいっぱいだった。どんな店かというと吉牛や松屋のハンバーグ版ね。美味いはずがないのはわかってんだけど、男一人で短時間にささっと昼飯を済ませるのにてきとーな店ってないんよなぁ。
 カウンターから厨房が丸見えの状態なのだが、ほとんど調理済みで成型されたハンバーグをどんどん鉄板にはさんで焼き保温パットのようなところにおいてある。そこからトングではさんで皿に乗せる。見ていたら2枚一度にはさんで皿に乗せ、さらにそこから1枚をはさんで隣の皿に移している。トッピングの大根おろしはアイスクリームを測りとる半球状のトングのようなものでペッとハンバーグの上に乗せる。チーズはあらかじめ溶けた状態でプラスチックの容器に入れられていたものをかける。見ていて、非情に手際よく効率的ではある。が、これって料理じゃないナ。餌だ。ボクらはカウンターにおとなしう座って目の前の餌かごに餌を入れられるのを待っているブロイラーとなんら変わりがない。
 餌を作る段階から、餌を出し、餌を喰らう、すべての段階で、完全にシステム化されてしまっている。こんなことはこのマス屋に限ったことでなく、ファミレスといえど同じこと。ほぼできあがった餌を電子レンジであたためて供されるだけ。
 食うことばかりにこだわる気はさらさらないし、毎度毎度の食事を料理人がひとつひとつ作ったものばかりを食べられるほどの経済的余裕もない。が、こういう食餌で、なんとか満足しているのを見ていると情けなくなってくる。もうちょっと食い物にこだわれよとボクでさえ言いたくなるってもの。そんなんだから、ちょっと何か美味しいものを食べようという段になると、グルメ本をあさって、行列に並んででも食べないと、美味しいものを食った気にならないのだよ。美味しいものを食ったんじゃなくて、美味しいものを食った気にだけなりゃいいってことになってしまうんだよ。


■2003/01/12 Sun■  困った徘徊老人日記 [長年日記]

Rick James
Street Songs
 鶴見緑地線で京橋まで行って、お徒歩開始。京橋はあいかわらず猥雑。駅前の広場などは自転車で埋め尽くされ、ターミナルの駅と呼ぶにはほど遠い。飲み屋ばっかりの商店街を抜ける。夜に見て憶えているよりずいぶん小さくてすぐに抜けてしまう。まずは最初の目的地の城東貨物線と片町線(いまは学園なんちゃら線とかになってるが、片町線であることに変わりはない)の分岐部。つまりお股のデルタ地帯をめざす。ふらふら横道に逸れながら歩いていると、夏に自転車で走ったところ(トマソン#232)に行き当たった。こないだトマソンページを整理したとき、てっきり寝屋川をはさんだ鴫野だと思っていたのに、人間の記憶なんて曖昧なもんだ。
 片町線に向かって行き止まりの奥に祠があって、それを見に入ろうとすると、家の外に出ていたおっちゃんにけったいな顔をされる。こればかりはどうしようもない。わざわざ路地の奥まで入ってくるヨソモノなんだから。
 デルタ地帯の核心部を目指して歩くのだが、行き止まりだったり、表通りに押しだされてしまって、クリに近づけない。片町線が寝屋川にかかるガードの下をくぐって小学校の外周を回ると、妙な高低差があって並行に走る道路があった。一方は貨物線の下をくぐり、一方は踏み切りになっている。高いほうはかつての土堤だったのかもしれない。この道路がもっとも高くなって、その両側が低くなっている。その踏み切りを渡っていよいよ陰毛部分に侵入。わしゃケジラミかい。が、しかし貞操帯のようなネットが張られ、クリ部分へは近づけない。小さな家が軒をつきあって密生する中でクリ部分への侵入は諦める。いくら怪しかろうが、無法者じゃないのだから。

 踏み切りにまで戻って、いよいよ貨物線にそって歩き始める。と、いきなり出た。トマソンというのでもなく、都市の歪みとでもいうべき代物が。つまりさきほどの踏み切りから線路脇にたらたらと下りていくと、なかば塞がれたようなガードがあったのだ。これだから路上観察はやめられない。ガード下がゴミ捨て場になっているでもなく、しっかり生活の場として存在する。試しにくぐり抜けて見ると、確かに低い。ボクがちょっと屈んで歩かなければ通れない低さである。まっすぐ立ってかろうじて頭がすれる高さだから170cmほどか。ちょっとした男なら確実に頭をガードの天井にぶつけてしまうだろう。おでこをしたたかに打ち付けた酔っ払いオヤジが確実にいるはず。そんなことを考えていると、ボクのすぐ横を自転車に乗ったオヤジが頭を低く下げて駆け抜けていった。

 そこからどんどん貨物線に沿って歩く。途中、いくつかのトマソン(#251〜256)を見つけながら、国道1号線を渡り、京阪を越える。それらはこれまでいく度も貨物線と交差して通っていたのに、逆にそれらと交差する立場が変わると、確かに別の世界を歩いているような気になる。と、同時に、知った場所でホッとするのも確かなのだった。  歩きだして1時間ちょい。昼飯を京橋でささっと食べようかと思っていたのに忘れてた。ちょど都島通りに沿って旭国道筋商店街に出た。見ると、持ち帰りのやきそばがむちゃ美味そうである。ちょうど1人分焼けておいてあったのでおばちゃんに注文すると、新しく鉄板に豚やイカを乗せて焼き始めたところ。ダイナミックに10玉ほどびゃーーっと焼き上げて、できあがったばかりの焼きそばを入れてくれた。しかも300円のふつうの方なのに盛りがすこぶるいい。横綱という店ね。
 さて、その焼きそばをどこで食うか。まさかたこ焼きのように歩きながら、そばずるずるというわけにも行かない。2軒となりの肉屋で買ったコロッケはさっさと信号待ちの間に食ってやった。腹が減ってたのだよ。仕方がないので、ぽっつら歩いていると、貨物線沿いに適当な公園があった。そのベンチに腰かけて、男一人で喰らう焼きそばの味。むちゃ美味っ。が、気分はほとんどホームレスすれすれヨ。やぁ、この焼きそばは到底持ち帰りとは思えないほどの美味さだったのだ。美味い、美味いと思いながら食っていると、高校生くらいだろうか、男の子と女の子が二人で自転車で公園にやってきてブランコ。美しいねぇ。

 腹もふくれて、さて出発とタバコに火をつけながら歩き始めると、
「火ぃやったらあるぞ。ライターやろか」
 と、ホンモノのホームレスのおっさんに声をかけられた。
「まぁ、ちょっとここ座っていけや。酒、飲むか」
公園の縁の段になったところに蒲団を敷いて、そこで日なたぼっこの真っ最中。ホームレスというても、ナリはけっこう小ぎれいで、どこか野田知佑そっくりである。これもなんかおもろいだろうと、おっさんの横に座ってタバコを喫う。
「まぁ、こうなったんも自業自得やけどな。わし、泥棒やっとったんよ。前科十何犯。」
おっさんはちょっと酔うとるので、言葉が聞きづらい。
「ルパンみたいやないけどな」
「そしたら次郎吉かいな」
「わし、本多次郎と言いますねん。寒うてな。旭署に保護してくれと110番したって。タバコ1本もらえるかな」
 おっさんの話は筋が通っているようでかなり支離滅裂だった。なんじゃかんじゃ言うとったが、書くのめんどくさいので省略。
「ほな、ぼちぼち行くわ」と立ち上がると、行ってくれなという目でじっと見てきよる。しゃあないので、握手でもしよかと手を出したら、ぎゅっと握り返してきて離そうとしない。

「わし、困ってんねん」

知るかい、そんなん言われたボクも困るわい。

 さらに歩く。阪神高速の下を潜り、城北通りを渡り、突然、淀川の土堤に行き当たった。いままでの徘徊は、土地勘だけたよりにうろついてたが、今回はしっかり昭文社の1万の地図を買うてきてた。さっと目を通していて、きょうのゴールは淀川の土堤までと考えてた。土堤に上がると、貨物線に沿って木製の赤川仮橋という歩行者専用の橋が架かっていた。地図には書いてないのだ。ちょうど折りからも夕陽タイム。きょうの締めくくりは淀川の上から眺める夕陽なのだった。


■2003/01/13 Mon■  ますます困った徘徊老人 [長年日記]

Blackstreet
BLACKstreet
 城東貨物線に取り憑かれてるわけでもないのだが、ネタ(テーマ)としてはおもろいだろうと、きょうも出かける徘徊老人

■城東貨物線・加美廃線跡
 町の中を抜ける線路の廃線跡は絶対におもろいんよね。アラーキー大好きの都電新宿線跡しかり。どこだったか、生活の裏側を覗き見する愉しみがあるとか書いてた。
 ほんまその通りで、加美廃線跡は1-2年前に《退屈な日々》で見て、ここはマストだと思ってた。やっとのことで行ったがな。が、しかし.....きれいになってしもてた(^◇^;)
 と、ここで大きな過ちを発見。ボクがきょう行ったのは、加美の南側じゃんか。地名でいうと加美鞍作。廃線跡は加美の駅の北側じゃないの(-.-;) しゃあないなぁ、今度の土曜日出直しやなぁ。なんか、この城東貨物線は大阪外環状線として工事に入りつつあるらしいぞ。ちゃんと調べてから行けよ。
 まぁ、いいや、とにかく鞍作のほうは廃線というより、架線も張られていて現役だったし、外環状線に備えてあるのか、それにしては変だなと思ったのだ。ただ線路脇の住宅などは極端に新しく(築1年以内)、古さと渾然一体になっていて、まぁまぁおもしろかった。貨物線の高架部などもローマの水道橋(そりゃないだろ)みたいでもあって、それがかなりカオス化してるのがまた素敵。
 そのあとに久宝寺のばかばかしい駅(駅舎からホームまでアホほど長い歩道橋がある)を撮ってやろうと思ったのだが、ここも工事中。国鉄再建公団だっけ?国鉄がもっていた土地を切り売りしてるんよね。

■八尾飛行場
 ちゅーおーふりうぇー・・・でなくて、大阪の旧中環が八尾飛行場の下をトンネルで潜り抜けていたはずで、それを見て、セスナが飛び立つ飛行場でも見ようかと行ってはみたが、ぐるっと飛行場を一回りして、別にぃ〜。なんか冬の長閑な陽射しを浴びに来たような。トンネルももうなくなってた。八尾飛行場自体、縮小しつつあるんかねぇ。目ぼしい獲物はなし。

■城東貨物線・瓜破霊園裏
 ここで南北に走っていた貨物線がここからゆっくりカーブして大和川に沿って東西に走るようになるところ。ここの緩やかなカーブのところが非情に過激。だって、大阪でいちばんでかい墓場の裏側でしょ。線路の向こうにはどっと墓場が。墓場そのものがダークサイドであるのにその裏側と来たら、ホレ、この通り

■大正・中山製鋼所
 一旦、うちへ帰ったのはンコしたくなったから、出すものは出して、今度は西向いてちょと走って新木津ループ橋を越えたら、そこは異世界。もうこのオブジェの塊がたまりません。


■2003/01/18 Sat■  城東貨物線 - Revisit [長年日記]

Blind Faith
Blind Faith
 先週に間違えた加美廃線跡にリベンジ。やっぱり足でかせがなアカンでしょ、と、きょうは車はおいといて地下鉄で出かけることにする。地下鉄の1日フリーパスを買って、まずは昭和町まで行き、郵便局に不在で局留めになっていた荒木経惟の写真集をもらいに行く。これからの歩きの荷物になるかなとも思ったけれど、天王寺での乗り換えで歩くのなら、御堂筋線の昭和町から谷町線の文の里まで歩くのと大差ないなと目論んだわけ。それにあしたも郵便局に来れないから行ける時に行っておこう。ヒゲはちょっとくらい待たせておけばいい。
 ヒゲとの約束の12時に5分ほど遅れて平野到着。携帯で連絡をとって、旧南海平野線平野駅で落ち合う。ここは平野線が廃線になってもう30年近くになるので、もうとっくに整備されて公園のようになっている。もちろん駅舎もない。ただ商店街にNANKAIの名前が残っているだけ。
 平野は2年前に歩いたので目ぼしいものは見つけてしまってる。それに平野郷の街並み保存運動も起こっていて、いくらか残ってはいるものの、面白みに欠けてしまう。新聞博物館にしても、壁面の《朝日新聞》のレリーフが妙に時代を感じさせようという作為的なものが見え隠れする。
 平野閻魔堂に入る。ここにも駄菓子屋博物館(博物館といってもごくごく小さなもの)には昭和30年代の駄菓子屋で売られていたメンコだとか、日光写真だとかを展示されていて、「あ、これ持ってた」とヒゲと二人でわいわいできるけれど、こうして並べられてしまうと有り難みがないというか、違和感を感じてしまう。ただそこに留まって、懐かしいねぇと済んでしまっていいんだろうか。閻魔堂には閻魔様がご鎮座されておって、その横には、でっかい舌抜きをもった鬼が、さらにしょうづか婆に亡者がひれ伏すという人形が展示、あ、いや、祀られて、いや、ちがう、やっぱり展示されておってそれはそれでバカバカしうてよろしい。こうして写真に撮ってみると、ますますマンガチックでいいではないか。しかしこれは本意じゃないな。
 さらに半地下に下りると、水の曼荼羅だったか、その空間で瞑想しましょうっていうんでしょうね、目が暗さに慣れてくるとぐるりを取り囲んで石の仏さんが浮かんでくる。このお寺の住職さんの意気込みはわかるんだけどねぇ。でもそれなりに写真撮るぶんには面白かった。と、これでいいのか(^_^ゞ
 ぐー、思わず平野が長くなってしまった。まだ前置きよ、ここは。で、ひょこひょこ歩いて樋尻のほうへ。途中、廃屋を見つけて、なんかやっぱりこっちゃのほうが、ぴしっと来るよな。あくまでもボクのわがままな感性に、ですけど。思わず、またダイドーやっちゃいました。

 はい、先に進まないと、さっぱり進んでませんね。先週見に来た鞍作をささっと通って、きょうはちゃんと関西線の加美の踏み切りを渡りました。をっと、いきなり目の前に城東貨物線加美廃線跡が。とりあえずは踏みきり跡のところから久宝寺側に向かって、その廃線跡の外側の道を歩き始めたんだけど、ここは廃線跡を闊歩しないと気が済まなくなって、まずヒゲが適当に枕木の柵のところをくぐって廃線跡に侵入。いちおう立入禁止だけどね。さてボクもあとをと、ヒゲがくぐったところを見ると、でっかい犬のンコがこんもりと。こりゃいけません。ンコついたらイヤだもんね。もう少し先まで歩いてもっと侵入しやすいところを見つけてボクも廃線跡に。
 レールはすっかり赤茶く錆びて、投げ入れられたゴミが散乱。決して美しい景観というものではありませんですが、しかしこれを求めてきたのだから。哀しい性ね。ヒゲはどんどこ先のほうに進んでいって、この男、ヤバいという感覚はないのか。その先はバリバリの現役路線の関西線だろが。その合流部分を目にしたところでなんてことはないのでほっといて、侵入したあたりでぐるりを見渡していると、おりました、ガキんちょ。いいねぇ、関西線と廃線が股になったところに、深さ1m弱、幅1mほどの溝状になったところでガキんちょ3人が遊んでた。
「何、してるん?」
「秘密基地、つくってんねん」
 このガキんちょ達を見ているとすごくホッとしたよ。博物館に閉じ込めちゃダメですよぉー

 今度は踏みきり跡から逆に北に向かって歩き始める。と、先ほどまでの曇り空からポツポツ雨が降り始めてきた。こりゃイカン。ちょうど昼飯も食べてなかったので、ひとまずどこかに避難すべしと加美駅前の喫茶店に入る。さて何か食いモンをとメニューを見てはたと困った。
  L レディースセット  オムライス小、スパゲッティ小、飲み物
  M ママセット     (忘れた、憶えてない)
  S サラリーマンセット カレー、ケーキ、飲み物
 カレーったってどうせ缶詰めのだから、ヒゲと二人してレディースセットを注文。女の子は怪訝な顔をして「あの、小さいですがいいですか?」「ええねん、ええねん」
 と、オーダーを通そうとすると、レディースセットは男はダメだという。なんでやねん。しかしなんでサラリーマンがケーキなんじゃいと思いつつ、仕方なくボクはサラリーマンセット。ヒゲはピザセットを注文。案の定、カレーは缶詰めだった。ケーキは美味くなかった。しかしこのL,M,Sというのもなんか変だな。女性用がLで、男性用がSなのか。文句を言うてもはじまりませんが、Fってるでしょうか(←一部限定業界用語)
 もうこんなくだらんことばかり書いてるとほんと前へ進まない。さてここからがメインなんだけどね。喫茶店を出るともう雨はあがって日が射していた。今度はいきなり踏みきり跡のところから廃線跡地へ一般市民大衆庶民の目も気にせずに乗り越える。

 家に帰ってビックリしたことなんだけれど、一番下の写真ね、右側の廃屋の2階から猫がこっちを向いている。先に入った踏みきり跡の久宝寺側のところでも捨てられたゴミの上に猫が4匹日なたぼっこをしていた。これはちょうど廃線部分と城東貨物線の平野駅のほうに入る部分の合流点。デルタ地帯、クリ部分にほぼ廃屋になってしまった一塊の住宅がある。そして周りが廃屋となってもまだ現実に住んでいる人がいる。そこを表側から見てみようと回り込んだところ、その家の前には住人と思しき人が表に出て立ち話をしていた。これにはさすがにボクもヒゲもひるんでしまった。もうこれ以上は踏み込んでいってはいけないと。

 そこからさきはまだ貨物線は生きている。その貨物線にそってしばらく北上。と、いってももはや線路内を歩くことはできないので、これに沿った道をひたすら歩く。周りは阪神工業地帯を支えるいくつもいくつもの町工場が連なっていた。


■2003/01/19 Sun■  京都魔界を行く [長年日記]

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 今年もやりまっせ。お徒歩隊。今年の第1回目のテーマは《京都魔界を行く》
 というわけで、いつものメンバーが、うろうろ間違うこともなく梅田は紀伊国屋前に集合して、特急でぱーっと大宮へ、と思ったら、最近の阪急の特急のよう止まることよ。おまけに目的の大宮には止まらないってんで、桂で急行(でも各停)に乗り換えて大宮へ。そこから市バスで千本今出川まで。

 さぁ歩き出すゾと号令かけようとしたその瞬間、蘊蓄斎はめざとく多齢堂というカステラ屋を見つけたのでありました。この多齢堂には蘊蓄斎非常にご執心で、前回6月の京都お徒歩のときも「多齢堂、多齢堂、多齢堂はどこだ」と小雨しょぼ降る中、一同を引き回してくれたものです。ボク個人的に言うと、京都でカステラってのもなぁ、どんなに美味かろうがです。しっかりカステラを買って、端切れをせしめてきてくれてそれにご相伴にはなりましたけどね。
 今出川を東に歩いて一筋入った途端に、早くもトマソンが。風呂屋跡です。駐車場の壁面に鏡が貼ってあった跡もくっきり残り、その裏側がレンガ塀になっているというシロモノで、裏側のレンガ塀を写そうと横のブロック塀に乗って写していると、隣の焼き肉屋だかの店の人が入れ替わり怪しい人間がいると様子を見に来てたようです。ボクは裏側を撮るのに必死で気がつきませんでしたけど。
 さてと裏道をたどって行くと博物館のような西陣の織物を展示しているところがあったけどあっさりパス。その前の更地になったところにわけのわからん大岩を祀ったのがあって、何か能書き書いてましたが、ボクは読んでません。なんでもどっかから飛んできたとか、まぁ魔界現象のひとつなんでしょか。
 ヒゲが京都の都市地図を買うてきていてナビってたのですが、わぁわぁ「くぎぬき」とか言うていると、たまたまそこを通りがかったおばちゃんが「くぎぬきさんならそこを右にまがったとこ」と教えてくれました。「おおきにぃ」
 釘抜きさんでは爺ちゃん婆ちゃんがようけおりました。爺ちゃん婆ちゃんがようけおるとこってええよね。その爺ちゃん婆ちゃんをうまいこと撮りこんだれと思うてたら、ありゃ糞デジカメ、タイミングがずれて、デジカメの弱さね。シャッターチャンスを逃すことしばしば。

 つぎ、閻魔堂とわいわい言うてると、またしても通りがかりの兄ちゃんが「閻魔堂やったら、ここまっすぐ」と尋ねもしてへんのに教えてくれて、京都の人て道教えるの好きなんかい。閻魔堂です。きのうの平野の閻魔堂とは違うて、アホくさいマンガチックな閻魔さんや舌抜き鬼やらおらずに、そのかわり壁面にまがまがしい地獄絵図が描かれていましたが、消えかけててよう見えませんでした。お堂の裏手には三途の川のつもりか小さいプールの向こうに石仏が約873体、ウソです、いっぱいありました。でもなんかまがまがしさが足らんなぁ。もっとおどろおどろしないとなぁ。
 またてくとこ歩いてえっちらおっちら船岡山に上がって行きました。そのあがりがてら、この山の頂上ではかつて警官が永山則夫にピストル盗られて・・・・などとエエ加減なことを、ごるぁ〜、永山則夫は八坂神社、船岡山は広田雅春だぞ。http://www3.xdsl.ne.jp/~hana/wrk0023.html見れ!
 船岡山のてっぺんではボクらより10ほど年齢が上の老人徘徊集団約43名。健康のため歩きましょうと、みな一様にリュックサック背負ってせっせこせっせこ歩いております。儂らも同じだわ、ただ動機がかなり不純。
 船岡山を越えて、今宮神社へと向かうのは大徳寺横の閑静な道。何も美味しい物件はありゃせんぞな。ヒゲ曰く、

「ここは女と歩くのにええやろ、よう歩いたわ」

どうぞ、夫婦げんかしてくださいませ。夫婦そろて人のバカ話読んでる仕返しぢゃああ。
 今宮神社でデフォルトのあぶり餅を食す。知ってる人は知ってる話で、ここには2軒のあぶり餅屋があって、向かい合って商売して、非常に仲が悪い。いがみ合うとるのね。どっちも似たり寄ったりなのに、一方は「元祖」、一方は「根元」などとたわけたことを。そこで5人でグッパーでどっち入るか決めた。どっちでもいいのだ。ぎゃあぎゃあいがみ合うほど頭の芯まで美味いいいいいいいと腰ぬかすようなものではない。うわうわうわうわうわわわわわわ(←酔狂風に)感激するようなものではない。現にきょうも文句タレらっきょは「これで500円、ボロい商売しよるな」と身も蓋もありゃせん。まぁ彼には無縁といえば無縁みたいなものだが、デフォルトなのだった。そうかきな粉に白味噌ね、今度やってみたろ。あぶってちょこっとこがしたらええんや。
 今宮神社には、将軍神社があるという。何を祀ってるかというと、もちろん将軍で、将軍というのは神様でもなくて、なんや悪霊を懲らしめるとか、それで都の周囲に将軍を祀って都を守ったとか。それにしては今宮神社にあった将軍神社は隅の方の誰も気ぃつけへんようなちっこい社だけだった。
 今宮神社を出てからはぽっつぽっつ雨が降り始めて、おまけにヒゲのナビるコースはあまりおもろなかった。最初からこのあたりはおもろないと予告しておったから許してやろう。ごにょごにょごにょと歩いて北野天満宮。観光客多し。梅一輪早くも開いておって、東風でも吹かばだが、おしっこしただけでさっさと通り抜け、将軍八神社へ。ここらあたりではもうかなり雨に濡れて、傘を持たぬボクと蘊蓄斎は意気消沈。3人で勝手に見ておった。
 一条通りを東に向かって、つぎは五番町。
「ん?碁盤みたいになってるんか?」
「おっさん、ヒマやねんから、ちょっとは本でも読めや」
ところがその碁盤町、をっと変換ちゃうがな、五番町、マリーがおったとこや。と、探すのだがなかなかわからない。ふっと見ると前に、見るもよさげな飯屋あり。飯食おうともう2時回ってました。中に入るとこれがピンポーン! きょう一番雰囲気よかったのはこの飯屋だな。かつてはこの前に市電が走っていて当時の写真が壁にかかっている。近づいてみると、撮影はなんと、誰か知らん人。一瞬、桑原甲子雄かなんて。。。な、わけないわいな。どうもこの飯屋は遊廓に遊びに行く男の腹ごしらえの店としてあったような。
 五番町はほとんどまったくと言っていいほど、その面影は消失してしまっていた。夕子はどこに消えてしまったんだ! そうであったかなと思われる一画があったけれど、それとて夕霧楼のイメージとはほど遠い。さっき調べてみたら、どうもまだ残ってるようよ。
 そして五番町の隣の千本京極へ。ここらになると、まだまだ猥雑感が残っている。シネフレンズ西陣なんて映画館も残っていて、だがどうもゲイ専門館になってるみたい。それはおいといてこういう映画館がいいなぁ、アンモニア臭そうで。こんな映画館で一日、3本立てを繰り返し見ては居眠ってたい。
 さらに一条通を東へ堀川まで抜けると、一条戻り橋。が、いまはごくふつうになって、堀川は堀川で三面張りの排水路になりはててるし、どうでもよい。さらに安倍晴明神社、陰陽道が流行って若い女の子がちゃらちゃらやってきて陰陽道グッズを買うて行くのか。どうでもよいの極致。どうでもよいから、境内の砂にダビデの星を傘で描いてきたった。
 思うに、魔界ったってね、世間には京都魔界巡りの類のガイドブックも出てるようだけど、魔界、魔界と騒ぎ過ぎなんだよ。ボクは霊なんて興味ないし、全く感じない(見離されてる)から。

 またてくとこぽこぽこ歩くだけ歩いて、三条通りの商店街で、すぐきを買うて、さっさと大宮から阪急に乗りました。


■2003/01/22 Wed■  通りすがり [長年日記]

Isaac Hayes
...To Be Continued
 通りすがりに洩れ聞いた高校生くらいのカップルの会話  男「これまで不幸やった‥と、考えといて」  女の子のほうがこれにどう答えたか、そんなん知らない。だってボクはただの通りすがりの通行人。だけどこの言葉にどういう意味があるのか、非常に興味があって、そのあと色々と妄想させられてしまった。

 おまえとずっとつきあってきたけど、こんなふうにおまえに裏切られてたとは全然思わへんかったよ、なんやねん、おまえなんか、ただのヤリマンちゃうんかい。あ〜、オレは不幸だ、いままでおまえはオレのこと愛してくれてるとばかり思うてたのに、噫、オレは不幸だよ、オマエとつきあうようになって「これまで不幸やった‥と、考えといて」
 そんなん言われても、ミチコずっとタケシのこと...なんで不幸?いっぱいキスもしたやん。わたしはしあわせだった...よ。タケシに会えたこと。

 あのさぁ、ボクさぁ、おばはんに口説かれたってさぁ、そんときボクもまだ若かったしさぁ、金ほしかったから、ついついおばはんの言いなりになっちゃって。そのおばはん、ボクとおない歳の息子いるんだぜ。なんかさぁ、そのおばはんと息子とできてたみたいでさぁ、ところが息子のほうが、彼女できてさ、そんでさぁ、いまになってみたらさぁ、それでね、アサミと会ってこうして会ってると、今までボクって何やってたんだろって思うのね。ボクって「これまで不幸やった‥と、考えといて」
 どうして、いいじゃん、わたしだってさ、オヤジに援助させてやってたこともあるしさ、だからって、アキヒコ、あたしのこと嫌いになる? そうじゃないでしょ。なんで? どうして? まさか、おない歳の息子ってさぁ、山崎クン? ウソ、ウソでしょ。

 なんでそんなこと言うのよ。急にそんなふうに言われちゃってもさ、わたし、あなたのこと愛してるとでも思ってたの。のぼせあがんないでよ。わたし、あなたのそういうところが大嫌いなのよね。ぐちぐちしちゃってさ、なんなのよ。
 そんないきなり切れんなよ。悪い、悪かったって、さっきから言ってんだろ。これ以上、ボクにどうしろって言うの。ヨシコからはしょっちゅうメール来たりするけど、それ以上、何もしてないって。いままでつきあったことないなんてウソは言わないけど、こんな愛したのってほんとはじめてなんだって。「これまで不幸やった‥と、考えといて」

(-_-#)shit!!!


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まごアン