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■2004/01/02 Fri■  あけおめことよろ [長年日記]

 明けてしまいましたね、パンドラの匣。。。
って、いきなり何なんですか。パンドラの匣は開けるものであって、明けるのは年もしくは朝、新しいものと決まってるのですね。明けるのか明けぬのかこの宵闇に・・・・なんてのは吉増剛造だった? とにかく明けてしまったのだから仕方がない。いちおう今年は派手にカウントダウンなんてのもしたんだよ。
 この1年経つのが速いというのは困りものだけど、それも1年という時間が、もうすでに1/50になってんだから、1/10や1/20でしかなかったお子様の頃とは同じに考えられないのも当然のこと。

 ところで年末にスキーに行ったときに、そろそろ死んだときにどうするか、いやどうしてもらうのか、そろそろ決めておこうということになって、とにかく坊主の世話にはなりたくない。もちろん戒名などというくだらんものは絶対に要らないということになった。今は法律が変わって、骨は墓に入れなくてもよくなったので、それならどこに撒いてもらおうかって話にまでなって、とあるふとどきものは、阪堺線の大和川鉄橋に架かる鉄橋の枕木の上に骨壷を置いておくと、チン電の振動で川に落ちるから、そんでいいと。また別のふとどきものは江の川に濁川が流れ込む合流点、つまり10年ほど前に鴨鍋宴会をやった河原から川に流してほしい。ボクは津軽海峡でぽっちゃんというのも考えたんだけど、そこまで持ってってもらうのもたいそうだから、大阪で生れた男やさかい、中之島の剣先公園のへんで撒いてくれたらそんでよろし。ところで一番のふとどきものは、嫁さんのしたいようにしたらええ、なんて何考えてんだ。

 ね、なかなかお正月にふさわしい素敵な話題でしょ。まるで一休さんみたい。要は、年が変わろうが、何であれ、好き勝手に生きていこうって、ただそれだけ。




■2004/01/04 Sun■  ι [長年日記]

 体力の低下、というより気力の低下のほうが要因としては大きいのだけれど、ここ数年間、ツーリングなるものからとんと遠ざかってしまっている。ツーリングそのものよりバイクから遠ざかっている。去年1年間で走った距離はひょっとすると、1000kmにも満たないかもしれない。1000kmなんて距離は1回のツーリングで軽く走ってしまっていたし、1日に700km以上も、しかも高速道路なしで走ったことだってあるのに。
 バイクで走ること以前に、自分の動線が極端に短くなっている。つまり旅に出ることが非常に少なくなった、というべきかもしれない。これは自分自身で大いに不満としてくすぶっている。誰のせいと言って、自分のせいでしかないのだけれど。たしかに去年はヨーロッパにも行った。だから旅をしていないなどとは言えない。でもそれはキャサリンと二人だったし、それ以外にも、東京に行ったり、信州に行ったりもしてはいるのに、それらはすべて誰かと一緒だった。独り旅じゃなかったのだ。
 美味いものを食って温泉に浸る。いわゆる気の置けない連中と、そうしてゆったりと時間を過ごすということは、それはそれで神経を弛緩させるというこで意味がある。だけれど、神経を弛緩させる必要なんてボクにあったのだろうか。より強い緊張をいつも求めて生きてきたんじゃなかったのかという気がして仕方がない。さらに人と一緒の旅は目的地まで到着するまでは単なる時間の経過に過ぎない。これまで旅が線であったのに、点から点にしかなりえていない。例えば女に会いにいくだけの旅であっても、その到着した地点で旅にならなかっても、その途中が旅としてあったのにだ。
 疎外感なし、したがって緊張感も生れてこない。これではボクにとっては旅にはならなかった。
 




■2004/01/08 Thu■  ヨプキな彼女 [長年日記]

 まごれびゅにも書いたことだけれど、『猟奇的な彼女』
 韓国語ではYeopgi(ヨプキ)と発音するらしくて、日本語の「猟奇」とはちょっと違う。「猟奇的な女」というと、まず最初に思い浮かぶのが阿部定で、「猟奇」の後ろに「事件」なんて言葉が収まるけれど、「ヨプキ」にはどうも「事件」などの言葉ははまらないようで、「エキセントリック」なんて、これまた外来語がぴったり。でも『エキセントリックな彼女』より『猟奇的な彼女』のほうが扇情的でよろし。
 その分で行くと、阿部定の場合は事件になってしまったから、猟奇的な女として名を残してるけれど、彼女の場合もたぶんにエキセントリックで可愛い。供述調書のお刺身の話なんてボクは大好き。  どっちゃにしろ、ボクの嗜好からすると、ヨプキな女が非常に好みで、そのヨプキな女にいたぶられたいなんて.....マゾちゃん(^^;)
 うーんと、これは高校生のときからなんだけれど、確か大宰だったと思うけど、「山内一豊の妻なんてまっぴらですよ」(ほれ、山内一豊の妻ってなん?てな人のためにリンクしといたったからな)とか言うのを読んで、いたく同感、太田道灌ってなもんで、こういう性格の悪い女はイヤです。あ、世間的には、非常に性格はよろしく、男の前に立とうものなら舌噛んで自害でもするような女が都合がいいんでしょう。あ、イヤだ、イヤだ。世のため、人のためなんてのは性格の悪い典型的人物、究極の自己中人間だと思うんだがね。『華岡青洲の妻』なんてのも、こんな女もやだ。きもい。そんな女は「チュグルレ?!」 思うに、山内一豊の妻や華岡青洲の妻が持ちだされたのはそういう時代背景だったのね。その一方で中ピ連なんてのもあったんだけどな。中ピ連の場合はエキセントリックじゃなくて、ヒステリックだったから、傍目で見てる分にはおもしろかったけど、自分の彼女にしたいなんて気には全くならなかった。

 そうそう世間的に「性格の悪い女」?これに尽きるぞ。谷崎潤一郎先生もそうお書きになっておらっしゃった。颯子。
 それでですね、『猟奇的な彼女』を見て、すっと頭に浮かんだのはキミだ! ぎゃははは! って、でも2人、3人、4人・・・とボクの好きになった女はすべからくヨプキな女。どうする?(笑)
 思い当たるそこの彼女、今からでも遅くないから、山内一豊の妻や華岡青洲の妻になりなはれ。

 


■2004/01/17 Sat■  阪神大震災から9年 [長年日記]

 9年も経ってしまうと、という感が強いんだけれど、あの瞬間のことは9年経ったいまもよく覚えている。実はとあることで、前の夜からずっと起きていて、さぁそろそろ寝ようという瞬間だった。ごーっという低い音が聞こえて、次の瞬間には家の中が激しく揺れた。慌てて飛び起きて、まだ揺れている本棚を押さえに行った。猫たちは怖れおののいて腰を低くして右往左往している。揺れがおさまって、つぎにしたことはテレビをつけて地震速報を見ることだった。
 最初テレビでの速報もひどく混乱していた。いきなり神戸で地震があったというのでなく、たしか岐阜県とかあたりで非常に大きな地震があったという報道だった。それは30分もしないうちに神戸だと訂正された。
 とりあえず家の中がそうたいしたことがなかったので、ホッと一息ついて、タバコに火をつけて、駐車場にクルマを見に下りて行った。今考えると、タバコに火をつけてなんて、ずいぶんバカなことをしている。マンションの中庭には飛びだしてきた人が何人かいた。みないちように無事を確認するために、外に出てきた。
 それから家に戻ってテレビに釘付けになった。最初は放送局のモニターが映しだした、むちゃくちゃな揺れが何度も繰り返し流れていた。地震発生から1時間ほど経って、テレビには信じられないような光景が次々と映しだされた。阪神高速の神戸線の倒壊。そしてあちこちの火事。なすすべもない人たち。神戸からうちまでは直線で30kmほどしか離れていない。窓から神戸の方を見ると、あちこちで黒い煙が上がっているのがはっきり見えた。
 道路はぎっしりとクルマで埋まっていたし、うちの上空を八尾飛行場から飛び立ったヘリコプターが頻繁に飛んでいった。ボクのような一般の人間は立ち入るべきでないと考えて、被災地に初めて入ったのは震災から1週間後のこと。
 急速に復旧が進められて、阪神の仰木までは何とか電車で入ることができるようになっていた。実際に見た被災地はテレビを通して見るよりもはるかに生々しかった。当たり前か。それから3月末までいちおうボランティアとして、毎週三宮あたりまでバイクで入っていたけれど、その間に様々な人たちと出会ったし、すごい光景を何度も目の当たりにした。
 こうして9年の歳月が経って、ふつうに神戸にも遊びに行けるようになった。そしてその2ヶ月あまりの間に、甘チャンと言われようと、ボク自身は神戸でいろんなことを学んだとつくづく思う。
 あらためてご冥福を。
 


■2004/01/18 Sun■  フットワーク [長年日記]

 大事なのは瞬間の思いっきり。楽譜とおりに弾けるのもそれはそれで基本だろうけど、何が気持ちがいいかというと、その瞬間に閃いたことを音に出せるかでしょ。それは演ってるほうにとっても、聞いてるほうにとっても気持ちがいいことだと思うよ。
 そんなことを急に思い立ったのは、お昼をまわってやっと目を覚まし、ふつうなら家の中でうだぁーーっとしてるところを、きょうはこの数日にくらべて天気もいいし、これは家にいてはいけないと。いつものようにコーヒー飲んでトースト食ったら、ばっと外に出た。この思いきりだね。って、それで普通か。というか、昼過ぎまで寝てるってことのほうが普通じゃないね。
 家を出たのが3時前だったから、そう遠くまで行けなくて、近場をてくとこ、カシャカシャッ。1月も半ばを過ぎるとちょっと日が長くなってきて、いい具合の光の時間が長くてよろしい。冬の方が太陽が低い分だけ影がきれいにできるんだよね。上町断層崖を上がったり下がったり。途中もちろn北天下茶屋の駅のホームに座ってたこ焼きを食すなんて、他人様から見れば情けなさそうなおっちゃんです。結局、阿倍野の墓場の裏まで歩いて、あとはちらっと飛田でお姉ちゃんの顔を眺めて、ん〜、飛田を通るときってのはどういうわけか金もってねぇ(爆死)

 ところで、話は元に戻りますが、決断力というか、そうたいそうなもんではなくて、思いきりの良さでもなくて、思いついたらすぐ行動に移せるというのはエエことだよ。それもしてみたいけど、あれしてこれして、そんでからなんて考えてたらいつまでたっても始まらない。結局、あのときああしといたら良かったぁなんて悔やむばかり。やってみておもろなかったら止めたらエエねんし、食わず嫌いならぬ、やらず嫌いってことにもならんで済むっしょ。
 もっとも思いついたことをすぐさま行動に移すってのはヱエだろうけど、思ったことを何でも口に出してたらあきませんけど(苦笑)

 






■2004/01/31 Sat■  メール [長年日記]

 さて今年も1月29日はいつの間にか過ぎてしまって、いえボク個人的には十分意識はしてたんだけど、かと言って、何か起るわけでもなく、自然に過ぎていって、何か書こうにも静かに過ぎていったので、結局何にもないままに過ぎていった。いいねぇ、この反復繰り返し、リフレインの嵐。もっとも今年の1月29日は風邪っぴきでダウンの真っ最中だったから、無理して何か書こうとしても書けなかったでしょ。辛うじてまごれびゅに『ある愛に関する物語』を書いたのが精いっぱいってところ。

 でね、この頃思うのがね、これって年のせいなのか、年というより世代の問題のほうが比重でかいと思うんだけれど、愛を語るピッチが速すぎる。つまり愛を語る手段が、手紙がいわゆる電子メールになり、電子メールがe-mailになり、携帯メールになりとどんどんピッチが速くなってきている。
(注:電子メールとe-mailと同じようなもんだけど、とりあえずはニフティまでのパソコン通信でのメールを電子メールと区別してみた)
その速さについていけない。速くなった分、表層なだれのようになって、上っ滑りなことばを平気で流してしまう。
 それよりも何よりもポストに見慣れた文字の表書きのピンクの封筒を見つけ出すときのワクワク感、はたまたなんでないのだと郵便配達のおっさんを追いかけていって間違うとらんかと言いたくなるようなジリジリ感ってのはもう味わえないんだろうな。で、ぎしっと書き込まれた、さらにその行間まで読みつくさないと気が済まなかったのって、いまとなったら何だったんだろ。そして1つの手紙から次の手紙までの空白の時間、なんだか、その時間ってすごく大切だった気がする。
 たかが10年ほど前から、それが電子メールにとって代わられて、その時間が1日と短くなった。そしてなによりも、字体そのものが醸しだしてくれていた匂いがはく奪された。それでも、電子メールの、郵便配達のおっさんだとか、人の目に触れずに直接に飛び込んでくる秘密性のようなものにとり憑かれた。パソコンを起動して、あるいはパソコンをグレ電にぶちこんで、ピピピビーガガガガァーの向こうから飛び込んでくるその瞬間がたまらなく好きだった。そして微妙な行間の読み合い。
 携帯に来たメールを試しに、e-mailに転送してみる。目一杯書き込まれて来たのでも、メーラーで見ると、2行、3行。行間というのが全くない。行間を読もうという愛が感じられるどころか、ほんとに行間というのがないのだ。文字数の制限の前に行間など送ることはできないのだ。もうひとつ大きな原因は入力方法。いくら《はぁと》が赤く揺れようが、この機種依存丸出しの絵文字を多用されたところで即物的ではあっても詩的じゃない。送られるのは、文章じゃなく単語の羅列。愛は携帯メールでは送れなくなったのか。
 そしてあの甘美な空白の時間は数日から数分に。言葉に酔ってる閑などありはしない。いくらギャルが速かろうとキーボードに太刀打ちできないだろう入力方法で、いかに素早くレスを返すことができるかにかかってたりするのだから。もっとも文章でなく単語でしか愛を語れなくなってしまってるのだから、いわんやおや。

 


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