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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2004/04/10 Sat■  しづこころなく [長年日記]

人のためになんか生きられない。
キミのために生きている、という大ウソっぱち。すべては自分のため。それに気づかない限り、人のためになんか生きられないのだよ。だから「ボクはキミのために生きている」だなんて言うなよ。でも「キミを愛するために生まれてきた」ってのはあながちウソじゃないんだよね。かなりくすぐったく、大仰すぎるか。それに愛するなんて作ったようなことばだけどな(笑)

 さて今年の櫻はなかなかもちが良さそうで、ビートルの中にも櫻の花びらが舞い込んで、実のところ、助手席側のウィンドー開けっぱなしで2時間放置プレー。
風流でエエでしょう、しづこころなく花の散るらんってね。




■2004/04/11 Sun■  中高年登山のすすめ [長年日記]

 出る前に脱ぎ捨ててあったGパンを履こうとしたらじゃんじゃらじゃぁんとポケットのジャラ銭が、重力をまともに受けて、要は落ちたのだ。それをかき集めて再びポケットに入れ、さぁ出発。と、駐車場のクルマの中においてある大阪市の地図をとりに行って、なかなか用意周到。
 そしてチン電に飛び乗った。そしてチン電のシートに座ってほっと一息ついた瞬間、駐車場のクルマに何をしに行ったかを思いだしたのであった。そうなのだきのうクルマのダッシュボードに財布を入れたままにしてあったのを取りに行ったのだ。いつものポーチの中を見ても、取りに行こうとしていたのだから、財布が入っているわけがない。あわててGパンのポケットをまさぐる、いや、さぐる。ついさっき拾い集めたジャラ銭、すなわち100円玉2枚、あと50円玉1枚、10円玉5枚。所持金300円。チン電の電車賃200円也を払ったら残るは100円。これでは環状線に乗れないじゃないですか、旦那さん。
 チン電は快晴の西成を快走してすでに停留所3つ目を通過。チン電を下りたところで取りに帰るにも再びチン電にも乗れない。缶ジュース一つ買えない。いや待て、たこ焼きは買えるか。4つ目の停留所でなけなしの200いぇんを料金箱にお入れくさって、泣く泣くチン電を下りた。
 歩きましたやんか。ちっ。そりゃね、いつものサシン徘徊コースでありまして、それをとっとことっとこ駐車場に向かって歩きましたです。うーむ、だいたい集合11時にちょい間に合いそうもない時間に出発して、このサックまんこなドヂやらかしてるわけでありますから、今から引き返して財布をとって、という手続きをふまえていると、いや、それは必須条件なのでりますのですが、大幅に遅れる。歩きもって携帯連絡。本来、かくなる事態のために携帯は存在するのでして、こっそり女と甘い言葉を囁きあうのは、いや、やっぱりそのほうが大事だ。おっさん連中なんか待たしといたったらエエ。いやいや、紳士的なボクでありますから、JR桜島駅集合を回避しまして、あー、何をごちゃごちゃと、

「あんなぁ、かくかかくしかじか、諸般の都合により、天保山にて合流いたす所存にござる」

 ふーっ、いきなちのドヂではありましたが、標高4.5mの天保山、そしてはるか高所を通過するなみはや大橋を越えて、標高33mの大正の昭和山と、大阪の2つのピークに登頂せり。ふー、中高年登山も大変だわ。




■2004/04/13 Tue■  デスクトップ [長年日記]

仕事場のコンプーターはすべてサックソ窓なのです。ちょとはMacも入れてくれぇーと嘆願したのでありますが、無視。これには深遠なる理由があるのだよ、津クン。かつてですね、「なんで1月分の給料払うてまで、仕事用にパソコン買わなアカンのじゃい」と嘯いて(←最近、この言葉好きです。半分くらいの人は読めないでしょうが)いたのですが、その信条思想に賛同したのが遊び人ばかりだったために「なしてあやつらのためにMacを導入してやらにゃならんのじゃ」 と、いうわけで、共有のパソは10数台すべてサックソ窓とあいなったのであります。そこで仕事はイヤイヤながらサックソ窓を使う(暗い気持ち)。
そのサックソ窓10数台も、昨年度あたりからやっとのことで、LANとなって、一人当たり、たしか10Mと言うとったかなぁ、うりゃああああ、このGの時代に一人10Mたぁどういうこっちゃねん。ヱっ、20Mでしたっけ? どっちゃにしろケチくさい。まぁ、それも許そう。それまでは時代錯誤アナクロニズム的フロッピーディスクでデータ持ち運びさせられとったのだ。その容量から比較してみると1000倍になったのだから。
LANとなったところで、非常にうれしかったのは、デスクトップを自分用に設定できる!これですよ、これ、あ〜た。どうしてメニューバーが、あ、サックソ窓ではタスクバーとゆうのでした、そのタスクバーが下にあるんでつか? これをえいっ、やっと上にこじあげるのに、あっちゃ触りこっちゃ触り、そうしてるうちに、あはぁ〜ん。そして次、な、何なんですか、あのさわやかクン草原のデスクトップ画像は。ゲロゲロ癒し系のつもりか。しっかしサックソ窓ユーザーようあんなのままにしちょるな、ったく。コレは絶対に撲滅、抹消しておかにゃならんべさ。と、それにすり替える画像はっちゅうと、もちろんボク自身が撮りまくったゴミの写真とか、怪しげなマネキンであるとか、さすがに川島もろ毛とか広末盗撮、あ、広末出産ってか、けっ。そのような画像をもってったろと、がびぃ〜〜ん、困った。うちにはふろっぴーなんてのはにゃい。どうしてデータ運ぶのだよっ。仕方がないのでネット経由で画像を落とし、ふろっぴっで運ぶという荒技。
アイコンも右上から、ぐちゃぐちゃに乱雑に並べぬ。いらんエイリアスは全部ぽいっ。あ、そうそうんなの色のタスクバーもきもいのだ。これはごちょごちょいじったが、クラッシックにしたらなんとかなりそうであったが、結局シルバーで妥協。ふーっ、やっとのことで、落ち着いた。これで少しは快適になった。ちょとは仕事もできるようになった。へい、ログアウト!
次の日、その設定をしたパソは他人様が使うとった。「をい、どけ!」という人後に落ちるようなことをほざくやつもおるのだが、紳士的なボクは別のパソで、らんらんららららぁとログイン。が、そこに現れたのはゲロデスクトップに逆戻りーぬ。うりゃああああ、個人設定はどうなったのだぁ。そうしてしこしこ1台ずつ個人設定をぶちこむボク、ルーチンワーク大好き人間に。
これ1年前の話ですワ。いまや、128Mのフラッシュメモリー持ち歩いて、ケチくさく割り当てられた10Mなんてアテにしとりませにょぉーだ。そうして日々デスクトップを変えて、う〜ん、これこそ癒しだ。をー我が心の癒しのデスクトップよ。

そうして、とある美人系赤裸々日記サイトから盗んできた過去ログを読む日々是好日。仕事いたせい。




■2004/04/16 Fri■  センチメンタルな携帯メール [長年日記]

もはや時代からずれてきてるのか、そう携帯で生活が回ってるわけでもなくて、電波が強くて、メールが送れるだけでいい。さらに安いほうがいい。FOMAにしたら、携帯に対する考え方が変わるよと聞いたけれど、じゃ、そこから流れてくる情報ってどんなんだろ? 地上波テレビのようなたれ流しの情報だらけの気がしないでもない。
というわけで、いま使ってる携帯はそう古いわけでもなくて、いちおう写メールは写せるけれど、やっぱりな。最初はおもしろがって写してみたけど、あまりにデジカメとの差が大きすぎて、いまや無用の長物と化している。最近のは画素数も大きくなったし、とはいうけれど、やっぱり携帯カメラとデジカメでは、出始めた当時(7,8年前)のデジカメと銀鉛ほどの差があるな。
そんなふうにいろいろと新しもの好きなわりに基本的には古くっさい人間なんだろな、ボクは。だから携帯のメールでなんか、愛は語れないと固く信じてる。ところが、ボクのおかれてる環境は、半日はいわゆる普通のemailとは切り離されてしまってるから(ボク以上に古くっさい環境)、ある程度、携帯メールに頼らざるをえない。だからやっぱり愛は語りにくい。それでも精いっぱい語ろうとはするけど。
ところでその携帯のメールのメモリがもうすでに満杯なんだよな。いちおう、メールフォルダーというemailメーラーの体裁はとっているくせに、その容量の小さいこと。とくに送信済のフォルダーが満杯で、それに空きがないと新しくメールを送れないと来る。
送ってしまったメールなんてさっさと消してしまったらいいのに。「いま電車、あとで電話する」なんてそっけない用件だけのメールはさっさと消してしまえる。が、

「メールを読んで、皮肉なことに、とってもとっても切なくなった。情けないよね。」

なんてメールは、その瞬間瞬間が愛しくてね、消すに消せない。いっそ、パソに転送してしまおうかななんてね、センチメンタルな人間なんだって。






■2004/04/17 Sat■  アイーン [長年日記]

「ふけぼうしはどうしたらいいのでしょう?」と乙女に聞かれたら、ん?と返答に詰まって、頭の中で、そんなもんフケとりシャンプー(そんなもんまだあるのか?)使えばええやないか。それよりもシャンプーが合うとらんのじゃないか。いや、ちょっと待て、この乙女が発した「ふけ」とは何ぞ? まず第一に乙女の口から「ふけ」と言う言葉が出てくること自体に疑問符がついて、それは難解ね(わかるやつだけわかれ)。
「●●さんは、ふけ防止は、アイーンがいいと言いました」
ちょっと待て、乙女の発する言葉はますます難解極まりない。何じゃそりゃと、多分ボクは目を丸くして乙女を見ていたのだろう、「ア・イーーん」と、口を「ア」の音を発する形にして、次に唇をきゅっと横に引いて「イ」の音を発する形に動かす。「ここが刺激されることで、ふけが防止されるんだと●●さんは言いました」
ここでようやっと「ふけ」とは「雲脂」でなく「老け」だと、あーなんて頭の回転が鈍いことよ。そんな質問なら、答えは簡単だろ。

 恋愛すること

が、よくよく考えてみれば、老けるのを防止するために人は恋愛するんじゃない。恋愛すれば老けないとは言えても、だいたい、老けないために恋愛するなんて、ミューズの神がぶち切れる。恋愛したいために老けないでいようというのも、これは逆転の発想にすぎない。老けていないから恋愛していられるのだし、恋愛していると老けない、というだけで、「老け」と「恋愛」に因果律はあっても、お互いにそのことが目的になってしまってどうする。

朝早く、自ら酸素吸入のチューブを外し、ナースステーションの前の公衆電話から、30年前の女に電話をする。




■2004/04/19 Mon■  ミラボー橋 [長年日記]

    ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
       われ等の戀が流れる
適当に橋、河の名前を変えて、お楽しみください。
【例】相合橋の下を道頓堀が流れ
   遠里小野橋の下を大和川が流れ
   大江橋の下を堂島川が流れ
   二子橋の下を多摩川が流れ
   千住大橋の下を隅田川が流れ
   金門橋の下をサンフランシスコ湾が流れ
   河口堰の下を長良川が淀み

はい、それぞれ自分の思いを語りつくしましょう。

あのですね、きょう《まごぽん》にアップした辻邦生の『私の二都物語』だけどね、「東京では職業が歩いているが、パリでは人間が歩いている。」ってね、あたかもパリはウィで、東京(日本)はノンと言ってるようで引用しなかった。
続いて「パリで人間の宿命をあらわに見ることに慣れると、男と女は、職業・身分・家などという社会的外被を剥ぎ取られ、まさしく〈男〉と〈女〉に還元されてしまう。男と女は出遇い、別れるその関係の図式が、何の粉飾もなく露呈される。」
そんなもん東京だろうが、大阪だろうが、どこであったって、そういうふうに出遇う男と女はいるもんで、別にパリだからというわけでもなかろう。どこであろうが、「社会的外被」が必要なやつは必要なんだよ。ま、ベッドインするのに、いきなりすっぽんぽんというよりは、下着を脱がすという楽しみくらい残しておいてくれたほうがありがたいのだけどな、それでも「社会的外被」をかなぐり棄てたところで恋に落ちるということもあるわけだろ。 なんか気にいらんな、辻邦生。アポリネールは好きだけどな。
ところでアポリネールには『69』などといういかがわしい題名(しかもわざわざ90度回転!)の詩もあるのだよ(赤面)。




■2004/04/20 Tue■  女王様の目は猫の目 [長年日記]

よそ様の日記  王様の耳はロバの耳 2004年04月18日(日)
時々、これまでに書いた日記をばさっと削除してしまう人がいるが、私には信じられない。そうやってリセットをかけて新たな一歩を踏み出せる人もいるのだろうが、私にとって過去を否定するのは未来を否定することであり、自分自身を否定することだ。
過去のことはきれいさっぱり忘れて、一から出直したいとかね、いろいろ思うんだろうけれど、元来粘着質A型で吝嗇なボクにとっては、そんなもったいないこと。せっかく苦労して書いたんだからさぁという思いが先に立ってしまう。

ずっとこの日記を見てくれてる人ならわかるだろうけれど、このtDiaryに移ったの、あれ?いつだったかな、まだ1年になっていないはず。それまでは自前のcgiに書きつないでた。そして、ここしばらく2000年1月からこっちしか、日記はWEB上で公開してなかった。
ほんとに古くからボクのことを知っててくれる人は、internetのアカウントをとってすぐくらいの1996年の夏くらいからWEB日記書いてたし、メガ日記(うをー、なつかし)のほうにも転載してた。残念ながら男なもんでね、そうそうどっと読みに来てくれるわけでもなかったけど。97〜99年の日記は、先にも書いたようにばっさり削除なんかできるわけがなくて、こっそりリンクだけは外してWEB上においたままっだったのさ。つい最近になって、とち狂ったように、97〜99年もこのtDiaryに移して曝してしまった。再び曝したのにそう意味があってのことじゃない。単に突発的行動であります。
そうなると、いっそ96〜97年あたりもアップしたろかと。が、さすがに、この時期は知る人ぞ知るってわけで、劇症心炎のせいで、ばさっと削除したのだよ。ただしWEB上だけな。HDのどっかにおいたはずだと探したけれど、ふははは、FDに記憶させて、HDからは削除してしまってたのだ。いまくらいのHDの容量があったら、HDにも残ってたんだろうけどな、FDだとこのまま消え去るかもな。

なんか、初めに書こうと思っていたこととずいぶんずれてきております。
「過去を否定するのは未来を否定することであり、自分自身を否定すること」などとそこまでマジに考えてるわけでなく、未来なんてどうなるかわからない、あした突然死んでしまうかもしれず、そんな未来のことを思いはかって過去を大切にとっておくなんてできない。そうそうPちゃんとの初デートの時、Pちゃんが「10年先のことを考えたことある?」だったな、もちろん「ない」。長田弘の『猫に未来はない』というほどに未来を考える脳の部分が欠落してるんでしょう。どっちかというと、猫型人間だしね。
ところがね、未来を考えることはできなくても、現在の自分自身はそうした過去の上に成り立っているのは事実で、Pちゃんを愛していたボクだから、いま君のことを愛してしまったし、君がかつて彼を愛していて、そして今でも尊敬している、そういう君だからこそ、そしてそういうすべてを含めた君を愛してるよ。






■2004/04/21 Wed■  適度な運動・過度の食事 [長年日記]

あーれぇーだびっとそん、何書くつもりやったんやろ。ついさっきまでよっしゃ、今日のねたはこりだと、ん?待て待て、こういうねたでもエエか、いや、待て、それはあしたにとっといたれ、と2つもねたあったのになぁ。パソの前に座った瞬間にリセットされとんねん。
思い出すまでくだくだと何か書いといたれ。とも思ったのだが、ねた2つも思いついといて、さらに新しく話のねたなど出てくるわけもなく、さりとてネットにねた探しに行くにも、神聖な職場のサックまんど、規制ばんばんかかっておるよ(amazonにまで)。
だいたいね、ボク、本を読むにも遅いのだが、反対に自分で何かを書くというのも非常に遅い。ひとつにはほとんど片手打ちなんだって。左手で叩くキーはAだけ。たまにSにまで越境すると、とたんにそのあとが続かなくなる。
ご幼少のみぎりに母親の虚栄心からピアノに通いはしたものの、両手で弾くようになった瞬間に挫折。ところがピアノやキーボードの音が好きなもんだから、ボード弾ける人間に激しく羨望のまなざし…こんなの→(゜゜)なわけだから、娘にピアノを弾かせて、その横でぐびっとブランデーなんぞを、なんてことを夢見てしまって、ところがどっこいどっとこむ、あの娘に遺伝したのは、
あ、思い出した。きょう書こうとしていたねた、急遽、そっちに話題は移ります。

あのですね、6〜7年ほど前のボクを知っている人なら知ってるのだが、1999年の秋ごろから激しく体重を落としたのだよ。当時の日記参照。その減らし方というのはダイエットのお手本とでもいうべきでしょうか。だいたいね、人生すべて女を基点に考えてる人間ですから、彼女いない状態、もしくはそれに近い状態になると、放埓・怠惰な生活に陥って、そこに待っているのは飽食地獄。で、ぶくぶくと。
わたくし、99年夏の九州ツーリングの際、別府竹瓦温泉でセルフタイマーで撮ったセルフポートレイトを見て愕然といたしました。まさにトドじゃないでつか。これはいけないと思いつつも、やっと秋からエアロビクスに励み、そうするとその疲れからか食えなくなり、しだいに飽食地獄から脱却。そうして日々刻々、意気揚々と体重計に乗り、そしてそれをEXCELに記録、グラフ化した甲斐があって、見事、2000年になると、彼女ができた!んだったよなぁ(曖昧に遠い目)。
さて、ここ数年、彼女いません。先ごろ「募集ちう」と日記でも呼びかけたのに応募メールは南都雄二(誰も知らんか)0だったのであるます。そうしてじりじりと飽食地獄が忍び寄ってきた。以前に比べ、まだ救いは、テニスのせいでしょう、急激な体重増加にはつながってはいませんが、それでもじりじりじりと。適度な運動・過度の食事、これでつな、問題は。そうしてテニス疲れでなぁーんもせんとマックに向かって座る日々。
わたくし、きのう風呂に入ったときに、おのが裸体を見てあせりましたです。豊かな胸、とくに右のおっぱいは超ど貧乳の女より大きくなっているじゃありませんか。これはテニスによるものだから致し方ないとしても、問題は肉ベルト。あと一歩で完済されるところまで行っておきながら、またしても出現した肉ベルト。これじゃ、仮にいくら「デブ専」を豪語する女がいたとしても、女の前で裸になるなんて、わたくしのナルシシズムが許しません。お願い、暗くして…

決めました。原因は何か、ずばり飽食です。《おかわり自由》というデフレシフトのいも膳やかつふじで昼飯を食っているのがいけないのだ。だから胃袋が大きくなり、飯食ってもまた腹へつたなとすぐ間食。ずばり原因は《おかわり自由》にあったのですよ(大発見!)
決めました。《おかわり自由》にそそのかされてはいけない。貧乏人根性は敵だ。もったいないおばけは消えうせろ。 そうして、きょうのお昼、ごはんのお替りをぐっとこらえたのでした。かき揚げなんぞ油もん食ってたらだめでつか。GWまでに、せめて、せめて2kg減量。そうでないとバラ色のGWは、そして太陽がまぶしかったのさ(異邦人風に)の夏は、来ないのだよ。




■2004/04/23 Fri■  むきむきマンパワー [長年日記]

ずいぶん前に歯医者さんに聞いた話。人間というのはせいぜい60年前後の寿命でしか創られてない。ところが医療の発達で80も90も生きるようになってきた。ところが、元々寿命が60年前後を想定されているので(誰が想定したんだ?)、構成するパーツの耐用年数も50年くらいでしかない。世間で言うハメケチン、つまり歯、目、毛、チンコは、50年あたりで、耐用年数に達してしまう。歯が抜け、目は老眼となってかすみ、毛は白髪、もしくは抜け落ち禿になってしまう。
考えてみれば50年も60年も毎日走り続ける自動車なんてのはないし、家電にいたっては耐用年数は10年程度でしょ。自動車なんかでは、ファンベルトを換えたり、ワイパーブレードやブレーキパッド、タイアなんかは消耗品なわけで、頻繁に交換する。
なばら、人間もパーツ交換すればええんでしょ。

 むきむきマンパワー

    ¥328,500(税込み)

尿漏れ防止機能付きのEXはプラス?38,500のところ、ここはヤバネット価格でどーんと35万ぽっきり! (うを〜〜っと壁役禿オヤジ37名の歓声と拍手)
それに今回は特別に先着30名の方に、ビコンビコンマン、みなさんの創意工夫でいろいろに楽しめますよぉー。
これをおつけして送料込み、な、なんとぉ35万円、いますぐお電話を。深夜につきおかけ間違いには十分ご注意してくださいね。

【未承認広告】
  5まんデラ亀付き携帯チンコ ¥ 1_
  ノーブラんど サックまんこ ¥ 0_
          (事務手数料別途)




■2004/04/24 Sat■  手垢のついた本を一冊進呈(大きなお世話) [長年日記]

「ねぇ、ねぇ、わたしきょう誕生日。17歳」
と突然言われて、「17歳」、「セヴンティーン」、「袋だめもできるようになった」の三段論法でつい 「それなら『セヴンティーン』読まな」と口走ってしまうボク。なんで、そこで『アイコ十七歳』とならないかねぇ、とよく考えたら『アイコ十六歳』だった。シンシア=南沙織の『17』でもなくて、ノーベル賞作家=大江健三郎の『セヴンティーン』に飛んでしまうのは、大江を読んでハイティーンを過ごした世代だからなんでしょか。でも純情可憐な17歳少女(どこがだ?)に大江の『セヴンティーン』を読めというのもなぁ、まず第1ページ目で……まぁ、読んでみれや。
が、その一方に、「なぁ〜に〜、この17歳男って。オナってやがんのさぁー、きっしょぉーおお! をったくぅ〜じゃないのぉ」と声高に叫ぶセヴンティーンもいるのも確か。
とにかくボクの17歳になろうかというときには、「ボクももう17歳となるんだから『セヴンティーン』も読んでおかな」と、全くね、文学少年だったんだから。ちなみに太宰を読み始めたのもちょうどそのころで、最初がご多分に漏れず『斜陽』。その『斜陽』をきのうあたりからゆっくり読みなおしてるのだよ。その横で『インストール』もちらと読みかけたりして。

ところで、とある日記の4.24/04に、「手垢のついた本を一冊頂戴」と記されてあったので、そう耳元で囁かれもしていないのに、ついボクなら、どんなんかなぁと考えてみたった(大きなお世話)。
「手垢のついた」という部分を強調するなら、やっぱり団鬼六『花と蛇』となるんでしょうかねぇ。ひょっとしたら手垢だけでなく、なんだ?この染みは(くんくん) あ、頂戴と仰ってるのは女性でした。別に女性に『花と蛇』をあげても、当節、支障はないんでしょうが、やっぱりこの筋のものは密やかに愉しんでナンボだからペケ。
ボクの蔵書でもっとも高価なのは『潮騒』初版(と、実は自慢してるのでありますが)。いま話題の父親のをパクったのだよ。したがってここに残されてるのは父子二代にわたる手垢で、それももうすでに30年はゆうに経過しているので、手垢はすでに化石化してしまっている。それ故にこれもペケ。はは、単に自慢するためにだけ書いてみたった。
三島が出てきたついでに、う〜んこれあたりは、ほんとに頂戴と言われたら(メール出して来ないでください)、もっともその要求にはまるんでしょうが、実は負けず劣らずの所有欲があって、四巻揃ってるしねぇ、これ手元からなくなったらと思うと辛いのよ。あげてしまって文庫で買い直せばいいじゃんと言われても、これは文庫はダメです。新かな表記だから。あ、一冊ね、これ四冊だから、ダメ、ダメ(笑)
そうだなぁ、やっぱり相手が女性なんだから、詠美あたりで攻めて、と机の回りを見渡したところエエのがあった。『ひざまずいて足をお舐め』 これだな! 「はい、これ、ボクからのプレゼント」と言った瞬間に、「奴隷が何かっこつけてんだい!」と鞭が飛んできそうでやばすぎる。したがってこれもペケ。
だいたいやねぇ、そういうふうにおねだりされたら、やっぱりボクの思い入れがこもったんでないといけないでしょ。それにここ数年の間の手垢でないとね、そう考えると、はたと困る。いわゆるベストセラーってのはほとんど読まないし、最近だと中上健次だったりして、その中上は図書館で借りたしねぇ。そして思い入れという基準を考えたら、どうしても30年から以前の、それも純文学になってしまうので、きっと口に合わないだろうなぁ。困った…
って、よく考えれば、なんもボクが困ることもない話なのだった。




■2004/04/25 Sun■  手垢のついた本を一冊進呈(余計な蛇足) [長年日記]

さすがにとある日記の作者さんから顰蹙のおことばを頂戴しました(大きなお世話)。
手垢ね、最近、どんな本でも御丁寧に本棚にしまっておこうなどというあさはかな考えからようやっと脱却して、波動が伝わってこないような本は、さっさとBOOKOFFなり、ヤフオクなりで売り飛ばしてしまおうと方針変更。それにともなって、ある程度、これはどうだと感じとれるまでは、本を読む前には洗面所で石鹸で手を洗い、書見台にて正座して本を読むように心掛けている。したがって、手垢なんか着いてないのだよ。残念ながら。もちろん唾など着いてませんし、しわもないです。申し訳ない。

その昔は、ボールペン片手に手当りしだいにライン入れたりしていたのだが、これがあとで見ると、実に寒い。なにを読んでたんだ、ばぁ〜〜か。ってな具合。ヘタすりゃ、ルビまで入れてんだから、恥ずかしいかぎり。そのおかげで、借りパクされ、こともあろうに古本屋に並んでいた本のが、確かにかつて自分が必死こいて読んでいたことがわかり、取り戻すことができたんだけどね。オレの吉本隆明『共同幻想論』売り飛ばした奴、もう時効なので堪忍、誰がしたるかぁ。いまやその『共同幻想論』は教祖直筆のサイン本となりましたが(自慢している)
去年だったか、中沢新一の『ニコイコン』をBOOKOFFで100円で買うたけど、お寒い限りの傍線には笑えた、笑えた。
それからなんとなくさびしいのは最終ページに読了した日付を書くの。『豊饒の海』がそうなんだよなぁ。ボクはこれを古本屋で4巻揃いで750円で買ったんだけど(また自慢)、これの最後には、
        「豊饒の海」完。
   昭和四十五年十一月二十五日
としたためられてる。その横に読了した日なんておこがましくて書き込めないです。
かと思えば、ボクが高校生の時に友だちの兄貴の本だと借りた五木寛之の『青年は高野をめざす』に、とても恥ずかしい、キミ、何を読んでんだという数行の感想が記されてた。
そんなことを書いてたら、まごちゃん、まごちゃん、君の《まごぽん》、ありゃなんなんだいと言われかねないね。あれはでつねぇ、ボク、大学生のころ、ありあまる時間を浪費して、ノートに気に入った文章を抜き出して写してたの。それをまたやってみてるだけ。WEBにおいてはいるけれど、かなり私的なんだよなぁ。それに本に書き込むのとまた趣が違うでしょ。

とある日記の作者さんの言わんとするのはね、ページの間に好きな男を感じ取りたい、好きな男がどう感じたのか、それを自分も知りたいと、そうだよね。ん〜、困った。ボク、ほんと本はきれいに読もうとする人だから、そんなの感じと、あ、ボクが困ることもないのか。こりゃまった失礼しました(植木等風に)




■2004/04/26 Mon■  LAYLAもしくはケメ子の唄 [長年日記]

携帯の着メロがLAYLAを奏でる。携帯に飛びつく。
「はぁ〜〜いン」
が、受話器の向こうから流れてきた低い野太い声。
「うちの女房と別れてもらえませんか」
な、なんなんだ。LAYLAは彼女専用の着メロのはず、ちょ、ちょっと待て、ジョージ・ハリスンはエリック・クラプトンに、そんな電話なんか入れなかったぞ、なんて、これはあとからの脚色。ここはつとめて冷静な声にチェンジしなければ、
「あ、あの、失礼ですが、あなたは?」
「お、オレか? おまえ、バカか、うちの女房と別れろ!つうてんのがわからんのか」
「ちょ、ちょっと待ってください。うちの女房、うちの女房って言われましてもですね」
「あのなぁ、おまえこれ、誰の携帯からかかってきたのか、わかってんだろ」
「・・・」
「全部、白状しよったよ。おまえとできてるってな。だから、このアホにかけさせたんだよ。そんなことぐらいわからんのか」
「ちょっ、ちょっと待ってください。じゃ、そ、そこにいるんですか?」
「誰がじゃ」
「彼女です。ケメ子さんですよ。ちょっとケメ子さんに替わってもらえませんか」
「おまえ、ぶっ殺したろか。ええな、別れんねんぞ」ぶちっ

ほな、おやすみ




■2004/04/28 Wed■  戀と挫折のために [長年日記]

すいませんねぇ、おとといのまごまご日記「LAYLAまたはケメ子の唄」削除しちゃって。別に謝らないといけないってわけでもないんだけれど、そりゃそうだ、オレの日記なんだから、自分が破って捨てようが、燃やしてしまおうが、カラスの勝手なんですが。今までこういうふうに削除したことないしね、削除するんだったらさいしょからWEBに上げないで、個人的に下書きにしてる日記ソフトのうちに収めておくよ(WEB日記の常識とウソ)。
当事者のひとりはアップしとけばいいのにとは言うてくれるんだけれど、やっぱり他人様が介在するとなると申し訳ない。いつか忘れたころにこっそりと復活させてるかもしれないよ。ちなみにtDiaryには「この日の日記を隠す」というチェックが入れられるようになっていて、ハッキングすれば読むことも可能だろうけれど、そこまでする価値なんかありませんよ。単なる戯れ文で、ちょっと冗談が過ぎた、ほんとは冗談なんかじゃなかったんだということが発覚しただけのことです。
ちなみにハニーからの着メロがLAYLAです。
I tried to give you consolation
your old man had let you down.
Like a fool, I fell in love with you,
you turned my whole world upside down.
閑話休題。きのうは30数年ぶりに『斜陽』を読み返してたんだけど、
「人間は戀と革命のために生れて來たのだ。」
かっこ良すぎます。ちょっともじって「戀と挫折のために生れて來たのだ。」うーむ、これでもかっこ良すぎるか。太宰が書いたら、気障でないんだけどな、いや太宰のほかの作品の中では、気障だ、気障だと連発してるけれど、やっぱりかっこいい。せめてね、「戀と挫折のために生れて來たのだ。」と言っても気障じゃないくらいにはなってみたい。 なんて書いてたら、ふっと「青春・愛・希望・挫折」というせりふが浮かんできたよ。唐の『少女仮面』での婆あのせりふだったな、「青春・愛・希望・挫折」。



■2004/04/29 Thu■  壁の向こうは [長年日記]

一日まるがかりで、例のあの弟と父親が退院後に入居する新居づくりに励む。うははは、新居ってのはウソです。足腰がだいぶ弱っているので、2階で寝起きさせるのはヤバいので、1階のいまや物置となっている部屋を片づけて、そこにベッドを運び込むと、書いてしまえば簡単なんだけど、あっちのものをこっちにやり、まるで倉庫番ゲームをやってるようなもんよ。で、その部屋はかつて、ボクの高校時代の勉強部屋でもあり、童貞を喪失した部屋でもあり(ほっとけ)、というわけで、たんすをどけると、その背後の壁から恥ずかしい落書きが現れて

これって確かゴダールの映画(何だったか忘れた)の中に出てきたんじゃなかったか? そして

《壁の向こうはベトナムだ!》

青いねぇ、時代だねぇ。「ベ」の字の「゛」が「ヘ」にかかっていてね、もちろん、あの角角の字体。きゃぁ〜〜
それはそれとして、片づけてたら、家族のいろんなものが出てくる、出てくる。弟がむかしつきあってた女からのハガキ、そんなラブラブなことをハガキなんぞに書くなよ、というのはウソで、たぶんもうエンドマークが出たあとだったのでしょうか、転居を知らせるハガキで、こういうのってラブラブんときには出さないよな。「をい、エエもん出てきたぞ」と弟に渡すと苦笑いしてゴミ袋に捨ててました。
そんなんとか、モノクロの高校時代の写真。うーん、こんなの撮ったかってのも、でもかすかに記憶があるような。あのころから隠し撮りしてたんだな。
そしてなんといってもすごかったのは、春画写真であります。こういう類のは見たことがなかった。春画はいっぱい見たことあるのだけれど、博多人形のような人形がちんこまんこも露わにくんずほぐれつ。スキャンしてアップしてやろうとポケットに入れてたのに忘れてきてやがんの。一見の価値有りだぜ。並のエロ写真でも、春画でもない、時代物の一品。
なんでも婆ちゃんが死んだあと、整理していたら出てきたらしい。やるな、あの婆ぁ、さすがにかの父親の母親だけあるわい。と、感心することしきり。そのような血を受け継いでるわけだから、いや、ほんと前から気にはなってんだよ、このマックのHDとか、焼いたCDとかな。きっとこれを見たときには人格疑われるかもしれない。こういう類はやはり人の手が入る以前に整理しておかないとあ。身内ってのは最もよく知ってるようで、隠していることも最も多いからな。




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まごアン