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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■2000/09/14 Thu■  水色の月

 DIVAのライブ行った。と、いっても、にゃーのバンドのライブ。来てるのはほとんど身内ばっかり、というのもしゃあないか。あっちの身内とこっちの身内とそっちの身内がさほど入り乱れるということもあんまりなかったなぁ。でも予想してたよりはずっとよかった。そしたらおっさんどんな予想しとってんと言われそうだけど。
 部分的にオフ会だね(笑) しかもほとんどが去年の夏にあったきりだから、入ってすぐにピンスパ嫁が受け付けに立っとったんだけど、ボクが誰だかわからん、そらそうだろ、去年の夏と比べたら、あたしゃ別人。
 そうそう書くの忘れてたことあった。火曜日にエアロ行って、ロッカールームの鏡見ながら、またしてもナルっておったの、うーん、なかなかええ男って。じっと鏡を見てたらええものを、鏡見ながら歩いてたら、柱があって、それにがすっと鼻っ柱をぶつけてしもた。一瞬、目から涙が('_;)  うっ、鼻はボクの弱点、鼻をはたかれでもしたらくしゃみが止まらなくなる。ところががすっとぶつけたものだから、これは鼻血ぶぅーモンなわけで、しばし鏡の前においてあったティッシュの箱を抱えて鼻血がぁ。そうたいそうに言うほどのこともなくて、それでもやっぱり鼻血がじんわりと出てきた。 ティッシュ丸めて鼻の穴につっこんだら、終わりかけのタンポンみたいにうっすらと血がついて。たいしたことなくてよかった。あんまり見とれるモンじゃないな。次の朝に鼻くそほじったら、血の固まりになった糞が出てきたがね。
 話は元に戻って、いやマジでにゃーのボーカルええよ。前にカラオケ行ったとき、チャラとかUAとか、歌うたら、けっこうなモンやったしね。ただPAのせい、バンドバックで歌うてたらもうひとつ聞こえなかった。もっとどういうたらええんかなぁ、日本のロックロックして疲れる音かなと思うてたんだけど。

■2001/09/14 Fri■ 

Francisco de Goya
The Shootings of May Third
 日がとても短くなった、と実感する。9月、それも秋分の日がまだだというのに、こんなに早く日が暮れていっていいのだろうか。
 さすがにテロ関連のニュースにはもう飽き飽きしてきた。勝手にしてくれい。あんたはいつも正しいよ。7時のニュースよりドラえもん。11時のニュースより、ゴダールの『映画史』 さすがに長いから、ビデオして途中でギブ、というか、まわりでうるさいのだ(^_^ゞ 「それ、何時まで?」「ゑゑゑゑーーーっ」

 どんどん、元の自分の生活に戻りつつあります。んじゃあ、なんだったんだって、ニューヨークだよっ。ブッシュが騒げば騒ぐほど希薄になっていくんだよ。もうどうでもいいやのレベルから、っるせぇーんだよ、てめえのほうが悪辣じゃねえか...
 というわけで、9/16までのBOOKOFFの金券が100円分あったのでこれは使っておかないとと、帰りによって、しりあがり寿と春菊、買ったら足出て、それが向さんの狙いでしょ、まんまとはまって。をーをー小市民。
 携帯を換えたけど、着メロ16音になってもさっぱりエエのがないよのぉ。ほとんどバイブのみにしてるからいいんだけどね、"Eyes On Me" なんかも前のよかったのに、今度とってきたのは妙にうるさくて、FF8のあの宇宙船シーンを思いだしてしんみりしたいのにさ。そんでから待ち受けは、J-Phomeは.pngやないとアカンのね。試しに2つ、3つ、.pngに変換してアップしてみた。そうだよ、うちにはちゃんと待ち受け画像のページがあるんだよ。
 そうそうあしたは敬老の日。敬えよ(爆) ちゃうか(^_^ゞ しかし、ふっと思いついたんだけど、成人の日みたいに爺婆が公民館なんぞに集まって、そこらの知事やらブッシュやらがやってきて、しゃべってんのお構いなしに、爺婆が爆竹やったり、いきなり立ち上がって、「ここ空いてまっせぇー、はよ座んなはれぇ〜!」ってほんとにありそうでしょ。
 【人間城】だったか、親が死んで子どもが死んで、その次に孫が死ぬのはめでたいと誰かが言ってたとか、書いてたなぁ。 ほな


■2002/09/14 Sat■  「同窓会」という甘美な幻想

Babyface
Face2Face
同窓会、ふふふ、どことなく甘美でしょ。

「あなたぁ、わたしあした同窓会だから」
むむむ、昔の男も来るのか....
「いやだわ、あなたなに一人で妄想していじけてるのよ、もう来たっておなかのどてっと出たおじさんばかりだし、それにあなたが心配してるあの人、来ないって、うふふふ」
と、そのくせ、きのうにはしっかり美容院に行ってカットしてきてるし、きょうだって何度も何度も鏡の前であれでもない、これでもないと着替えてる。いったい誰に見せるつもりなんだよ。

 って、ぎゃはは逆妄想してみました。なんでボクが同窓会行くのに、わざわざカットに行くのだよ。それに適当にそこらにあった、いちおうラージのシャツにはしてみたものの、この年でラージ着てたって、来るメンバーでラージなんか知らないし、それに彼(女)らにとってラージなんて屁みたいなもんだしね。ただラージ着てたら、
「まごちゃぁ〜ん、相変わらず若いねぇ、全然変わってへんよねぇ」
って、その言葉の裏には相変わらずアホだね(自爆)

 それでも気取らなアカンようなメンバーでなし、てきとーに、ぎゃははと30年前と同じバカを披露して、ついでになんだかんだとしゃべっているうちに、
「結婚して25年も経ったら夫婦なんて友だちみたいなもんだろ、別に何してても気にはならへんやん」
とボクが言い出したわけ。すると、へぇ、理解しがたいって顔で人を見るのね。男同士でこっそり話してたら、不倫にもならへんような、イケナイ関係の遊びでつきあってる女がいたりするのにね、彼女らにすれば、そういうのは信じがたいことらしい。20何年も一人の男(あるいは女)だけというほうがボクには異常なように思えるのだが、これもやっぱり、おととい書いたような生活スタイルのちがいなのかねぇ。
 見ようとしたら見えてしまうこともあるんだから、仮にそのような気配、においがしたところで見なければ済むことやんかというのは、やっぱり衝撃的なんかなぁ。そのくせ駆け落ちしたんだとか、いまだから言うたげるって話もこぼれてたりするのにね。

 そんなこんなで、今年の同窓会も焼けぼっくいのひとつ落ちてることもなく、「実は今だからコクるけど....」なんてね、この年のおっちゃんたちが「コクる」なんて言うほうがこわいか。
 かくして今年の同窓会も「同窓会」という甘美な幻想のまま終わってしまいました。期待したのになぁ(笑)


■2003/09/14 Sun■  ルーブル

もちろんあれだけの物量だから、細部を見尽くした思っても、見落としているものはたくさんあるだろう。現場での気持ちというのは舞い上がるもので、その場で度忘れしてしまう感覚がある。帰ってきてから、あれを見落とした、これを見落としたという忘れ物を思いだしたりする。その忘れ物がいっぱいあるようで、しかしそれが何だかわからない。
赤瀬川原平『ルーブル美術館の楽しみ方』

 ヨーロッパの旅行から帰ってひと月近くも経ってしまうと、その忘れ物さえあやふやになってくる。原平先生はルーブルの所蔵品のカタログを買って、それを首っぴきにして『ルーブル〜』を書いているようであるが、そんな広辞苑ほどもある分厚いカタログを買うと重くてイヤだったので、当然手もとにはない。だから、誰の何というタイトルの絵画だったのか、非常にあいまいになっている。目の前にしているときには、「ふんふん、これがファン・アイクね」などとしたり顔してたりするのに、いざどんなんだったというと、思い出せないでいる。さらに、あれーこれは見たんだったか、それとも何かの本の中で見ただけだったんじゃないかというような自分自身へ疑惑さえ湧いてくるのだ。そんなんだったら、わざわざパリまで行くなよって声も聞こえてきますが....

 さて、原平先生も「一番の目玉というか有名作品の二大巨頭は、やはりモナ・リザとミロのヴィーナス」と書いているように、まず最初に目指したのはミロのヴィーナス。館内で無料で配布されている日本語版のガイドマップを頼りにミロのヴィーナスに直行。さすが、さすがのミロのヴィーナスであります。その優雅さは他の彫刻群は到底及ばない....なんて、ボクが美術評論してどうなる。30年前の時は「ここらにミロのヴィーナスあるで」と冗談半分に到底ありえそうもないようなところで言ってたら、突然ヴィーナスのお尻が見えてきたのだったが、今回はマップ見ながらたどり着いたから、真っ正面からご対面。
 正直なところ、彫刻っていうのはいまいちよくわからなくて、そりゃバランスの悪いなぁというようなことくらいはわかるけれど、フィレンツェにもアホほど彫刻はあったし、ここルーブルでもそう、どてっ、どてっと塊が置かれていると、どう見ればいいものやら。そして丹念に見てたら、絵画以上に時間がかかりそうで、それだけで日が暮れてしまう。それらの存在感だけで満腹になってしまいそうで、きっちり見ようという戦意ははじめから喪失してしまってるのだ。
 ところがやっぱりミロのヴィーナスだけは別格だね。この理想的なバランスに惚れ惚れしてしまう。あゝこんな女がいればなどと下世話なんぞ吹き飛ばしてしまう。ほとんど誰もがするようにぐるっと一周して眺め入ってしまうのだ。とくに左後ろから見るヴィーナスがすごく最高だね。

 あとサモトラケのニケくらいかな、ちゃんと見たのは。ね、もう何か忘れ物だらけでしょ。そこからどどどどーっと絵画、絵画、絵画、絵画、、、、いちおう目ぼしいものは一当たり見たはずなんだけど、プラドーやウフィツィとごっちゃになってしまってたりもする。ただね、30年前の時は結構走ってみたような気がするんだけれど、今回は自分自身の絵画に対する造詣(そんなたいそうなものではないのだが)も深くなってる分、けっこうしっかり見てたから、疲れて、疲れて。どれがどうだったといちいち書かないけどね、それだけの能力も造詣もあらへんし、ルーブルの解説本だったらいっぱい出てるんだから、今さらボクが書いたってしゃあないしね。う〜ん、それでも今回生で見て、でかさに圧倒されたのは「カナの婚姻」かな。

 と、もうまとめにかかってると思うでしょ。そんなもんでルーブルは堪忍してくれませんね。モナ・リザのことも全然書いてないし。モナ・リザ見ました。ですが、見ただけに終ってしまったなぁ。また30年前の話になるけれど、モナ・リザも、ヴィーナスと同じように到底ありえないようなバカでかい部屋の入り口で、冗談半分に「ここにモナリザあるで」と言っていたら本当にあったのでビックリしてしまった。それも素にあって、ただモナリザのすぐ下には、空気の温度や湿度を監視する機械がおかれてあるだけ。とびきりみんながモナ・リザに群がっているということもなくて、ゆっくり見ることができた。その直後にモナ・リザは日本に行くことになっていて、お先に独り占めにしてるようなちょっとした優越感を感じたりもしてた。ところが日本での展示はガラスの向こう側に収められ厳重そのものだったらしく、その展示方法までルーブルに持ち帰ってしまったらしいのね。今回は、相変わらずモナ・リザ特別室なんてところに展示されているわけではなくて、やっぱり大きい部屋(30年前とはたぶんちがう部屋)に他の絵に混じって展示されていた。しかもこのモナリザだけは写真撮影禁止。これはたぶんモナリザの前で人が滞留してしまうのを避けるためのようだが。それでもモナリザの前には人がいっぱい。これにはさすがにもういいやって気になってしまって、見たという事実だけに終ってしまった。見るのならゆっくり独り占めしてるように見てたいよ。

つづく
 




■2004/09/14 Tue■  決定的瞬間

大阪芸大へアンリ=カルティエ・ブレッソン展を見に行く。タダですよー、無料ですよー。芸大が所蔵しているブレッソンのオリジナル・プリント400点以上を約2か月近くで3期に分けて展示している。先週、台風の日にサイ・ギャラリーへお茶しに行って、たまたまそこにあったチラシで知った。大阪芸大、偉いっ!
ブレッソンの写真集は2冊ほどもってるが、ははは、オリジナルのマチスの表紙の『決定的瞬間』もってたらうれしいけど、そんなお宝じゃなくてごくふつうの写真集。でもちゃんとサン・ラザールムフタールも入ってます。そんな写真集などで何度も見慣れたプリントが素で目の前にある。それを見ることができるよろこび。確かに写真だから、唯一無二のものではないし、1977年に一気に385点を芸大が収蔵したらしく、最高のプリントだというわけじゃないんだろうけれど、そのプリントがどうこうなんて、到底ボクには言えない。ただただ、そこにブレッソンの写真があるってことだけでうれしい。
ところでブレッソンは今年の8月2日に亡くなったばかり。この写真展の準備中に亡くなって、まさにこの写真展は追悼展ということになった。写真を見ていてふっと思ったことは、ブレッソンの写真の中に写し込まれている人たちほとんどがいまはもう亡くなっているんだなってこと。だけどムフタールの瓶を両手に抱えた男の子は、その写真からもうすでに50年、ということはいまは60歳くらいか。するとまだパリのどこかで生きてるかもしれない。《決定的瞬間》というのはそういうことだったのだ。同時に《逃げ去るイメージ》だったのだ。
帰りのクルマ、キャサリンがいきなり「あれおもしろい」と言い出す。見ると、黄色くなり始めた稲田の向こうに白い日傘が2つ歩いていく。その後ろから少し背の高い自転車が走っていく。「自転車じゃダメだねぇ」とキャサリン。やがて日傘は稲田から切れてしまう。ごくありふれた日常の中で、その瞬間におもしろいと感じられること、そんな目をもっていられること、そして願わくばカメラを手にしていられたら、それが《決定的瞬間》になるんだと。来週もまた見に行くよ。

ところで、クルマを芸大の駐車場にとめて、初めてやってきたところで写真展してるのはどこだろうって、前からやって来た学生に尋ねた。「アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真展やってるの、どこ?」と。すると、「知りません」と答えが返ってきたのだが、その一言で、こいつアホだとわかって苛ついた。それでもしつこく「博物館とかいうところらいいんだけれど」と聞くと、さっきと同じアホなトーンで「知りません」だ。はいはい、聞く相手が悪かった。ボクはアホですと顔に書いてあったのに。
アホというのは多くをしゃべらせなくてもわかる。アホはこのような写真展がすぐ間近で開かれていても全く関心を示せないでいる。まったくアンテナに引っかけることができないでいる。自分の能力の範囲でしか感じようとしない、できない。だからますますアホのドツボにはまっていくのだよ。少なくとも芸大生として学費出してもらってここにいるんだったら、もっと貪欲になればいい。アンテナを張りめぐらせろよ。そんな若いうちから、感性のアンテナを錆びつかせてどうする。いかに《決定的瞬間》をキャッチできるか、したいか、その欲求だけのことなのに。




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まごアン