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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■1998/06/15 Mon■ 

空いてる時間にプリントつくりながら、Coccoの"Raining"の練習をする。こういうときMD便利(^_^) なんべんもリピートさせて、だいぶ覚えたのに、もう忘れた(笑)
なんや、ママゆずりの赤毛を2つに束ねてお下げにしててんけど、ある日、急に教室でむくっと立ち上がって、はさみでそのお下げを切ってしもた。お下げを切ってしもたら、もう切るものがなくなってこんどは腕を切った。切って切って切りまくって血みどろになって踊った。それはむちゃくちゃええ天気の日で、無力やって、太陽がぎらぎら輝いて、なんであのときそんなことをしたのかわからない。
って、を〜『異邦人』やないけぇ。もし雨が降ってたらそんなことしなかったのに。。。あ、なんか、わかるなぁぁ。
でもこの「raining」というタイトルのつけかたがかっこいいなぁ。「雨」が出てくるのは、その「雨降りだったらそんなことせえへんかったのに」というとこだけ。と、ちょっといいなぁと思ったのでした。
きょうは梅雨の合間のまさに五月晴れ。こんな日だったのかなぁと。
あ、そうだ、今年も山形から櫻桃がほろ苦い思い出とともに着いた。甘い甘い櫻桃を食べながら『子より親が大事と思いたい』 <

■2000/06/15 Thu■  80歳で20本

 赤坂真理のWeb上のエッセイにこんなんがあった。
 矯正の基本は左右対称(シンメトリー)だという。私は幼稚園以前から左右対称が一種異常なほどに好きで、自分で口にした言葉を頭の中でシンメトリーに並べ替えてみるほどだった。日本庭園というのもどこがいいのかピンとこず、あれが上空から見て巨大なシンメトリー配置になっているというのなら納得もできたが、そうではないので、シンメトリーの途中で切られたものという認識しか持てずいまだに実はどこが有り難いのかよくわからない。小さい頃(ころ)、ピラミッド、パルテノン神殿、ヴェルサイユ宮殿などが我が国の創造物であった方がよいと夢想していた。

 こう考えてくると、シンメトリーは西洋的な潔癖症に近い美意識で、日本人はアシンメトリーに美を見る資質をもつ。日本人が歯並びに寛容だったのは、これと無関係ではないかもしれない。

で、なんでこんなんをひっぱりだしたかというと、考えてみればボクの歯並びなんぞガタガタもいいところなんだよなぁ。もう何年も前になるけれど、左下の歯の並びを舌の先でなぞって歯の本数を数えていたら、表側から勘定したのと、裏側から勘定したのでは1本本数が違っていた。変だなと思っていたら、前から数えて5番目の歯が内側に飛び出ていた。4番目と6番目の歯に挟まれて内側に押しだされたようなかっこうで、可哀想にこの5番目の歯は上側の歯とほとんど噛みあわされないで、要するに役立たず。しかもその歯の間にモノがよくはさまってどうしようもなかった。案の定、そこから4番目の歯に虫歯が巣くって、いちおう虫歯の治療はしたんだけど、それが何年か前にかぶせてあったのがぽこっととれてしまった。ちょうどなんや忙しいときだったし、歯医者に駆け込んだら、またまた歯石バリバリで、その歯そのものの治療より歯石の掃除のほうに重点的に攻められて、いつも泣きそう、だからほったらかしにしておいたら、その4番目の歯はかぶせてあったのがはずれたところからどんどん腐食が進み、ぼろぼろと崩れ始め、どうにもこうにもならなくなってついに2年ほど前に抜いてしまったのだった。これでやっと5番目の歯も日の目を見るようになったのはいいんだけど、いままで5番目の歯を内側に押しやっていた4番目の歯がいなくなって5番目の歯がひょっとしたら、ちょっとずつ本来の自分の居場所を取り戻すかと期待もしてたし、歯医者もちょっと様子をみてみましょう、またちょうどそのころ歯石の掃除をしたほうがいいしと言ってた。その「そのころ」というのが実は去年の夏。ところが肝心の5番目の歯はたいして動いた様子もなくてあいかわらずハミ子のままだし、何と言っても、歯石の掃除、これがねぇ、というわけで逃げ回ってたのだよ。
 そうしたらこの春先から、ガンガン歯が痛みだして、いわゆる歯槽膿漏。もはや手遅れ状態の歯が1本、2本。とにかくどうにもこうにもならない1本はさっさと抜かれてしまった。いまかろうじてくっついてるのが2本、これも風前の灯火。いったいどうするべか、爺いだ{;_;"}ウ゛ウ゛ウ゛ いまやがっちり歯医者に首根っこを掴まれて、逃げ隠れできない状態なんだよなぁ。
 でもこの10年ほどの間、歯が痛むのと奇妙に符牒することがあるんだけど(-_-;)

■2001/06/15 Fri■ 

 
BABYFACE
TENDER LOVER
 テニスやったら太腿がバリ痛い。とくに瞬発力の筋肉。こないだ100m走ったあとに筋肉痛になったのと同じところ。早くしないとじいさんになってしまうよ。
 実はきょうまたお昼食べに行った帰りにポケットに200円もなかったんだけど、BOOKOFF寄ったら、義丹の『ファルス』があったんだよ。その装丁が気に入って、要するにジャケ買いってやつ。その装丁に使われていたのがこのAmy Guip。そのイラストを100円で買ったようなもの。家に帰ってすぐに《Amy Guip》で検索かけて、しばし夢遊病のように彷徨っている。
そしてその『ファルス』の扉がバロウズからの引用だったりして、それだったら気になるでしょ。それも
「時には全身の細胞が恐慌を起こし、生命が二つの存在方式の間で宙に迷う悪夢のようなひとときがある。」
と来たら、勝手に解釈し始めている自分。
・生命の二つの存在様式は復元したくてたまらない
・宙に迷っていた二つの存在方式を示していた生命が合一するときとは?
 などというのはイメージを必要以上に弄んでいるんでしょうか。
「俺たちはその太古から離ればなれになっていたのだろう。性欲の限りを果てあった過去の愛人と遭遇して触れ合った時のような忘れられない愛着が身体を包み込む。」これは義丹。
これらの言葉に溺れられるだけで、いまボクにとっては100円以上の価値があるというもの。その言葉の断片が義丹の『ファルス』でどうなろうと知ったこっちゃない。いまこれらの言葉に自ら耽溺して欲情していたいだけ。欲情させてみたいだけ。
 せっかくだし、テニスでだるかったから寝転がって読み始めたら、30ページほどですーっと寝てしまってた。。。

■2003/06/15 Sun■  テッペンカケタカー

 はい、まごまご記です。(←すっかり居直ってる)
 梅雨入りしてから、これが本当の皐月晴れに焼かれて、といっても誰も「えらい焼けたね」とは言うてくれませんが、とにかく太陽に曝されて、そののちにべっとりねっとりする蒸し暑さに、脳髄までいかれぽんちになってしまった、そういう1週間なのであったよ。なんかこの記述すごいな(笑) 
 そしてそんなんだからぐったぁーっと日々を送っていたのかというと、そうでもなくて、テニス三昧だったり、夜は夜とてタイガース。これがかなりの原因をしめているのかもしれない。そのくせ意外やまともに仕事なんぞも似付かわしくなくやってのけてるわけで、そしてAVIDあらためアカシックレコードのライブにも専属カメラマンとして(笑)顔出してんだから、そら、くたばりもします。もう若くはないんだから(苦笑)

 さてと、ここ最近、閑古鳥がテッペンカケタカーと鳴くBBSですけどね、だいたいBBSなんてのは、お互い書きつ書かれつってところがあるわけで、出入りの多いボードはそこんちのあるじがあっちこっちに書きこするから、そのreplyとして書きこも多くなるっていうのが多分にあるわなぁ。うちの閑古鳥ボードも一時はぎゃんぎゃんに回ってたこともあって、そのときはボクもあっちこっち書き込みしまくってた。ほとんどの自分の精力をそこにつぎ込んでるようなところがあった。それはそれで楽しいこともいっぱいあって良かったけど、反対にイヤなこともあったりして、ボク自身があちこちのボードから退いてしまった。それからもう4,5年にもなるかな。いまはもうあんまりボード自体にボク自身が興味なくなってしまってるから、そういうボクの姿勢がきっとボードにも出てくるんだろな。だから閑古鳥。
 ここ数日にぱたぱたと書き込みがあって、ぴなとチキは相変わらず連絡とって東京行ったときにほぼ毎回会ったりしてるから、ふらっと書き込みに来てくれたりするありがたいお客様。で、うでやんはぴなやチキと同じように巡礼ボードの面子だったんだけど、ここしばらく連絡が途絶えてた。とくにうでやんが島流しされてから。
そのうでやんが結婚してたって(驚)

ごるぁ〜水くさいやないかぁ〜!

 ひょっとしたらかの女とタイに行ってそのままゴールインする算段だったはず・・・あ、古いネタばらしはやめようね(爆) それで、おまけに女の子までできちゃったって。ん?どうしたの? デキチャッタ? とにかく おめでとうネ!(*^_^*) これから20年間せいぜい苦しんで、お父ちゃんの悲哀をしみじみ味わって下さい(笑) 音盤もまともに買えなくなるぞぉ〜
 リカへのレスももうちょっとここで書こうと思ってたんだけど、またあしたから書くネタがなくなるから、その話はつぎに取っておこ。
 



 


■2004/06/15 Tue■  やっぱり次生まれてくるときは

平日のお散歩、それも堂島近辺のオフィス街を徘徊してると、男どもはみな一様にネクタイ・スーツ。歩道では400円の弁当が売られている。そして入った北新地の天ぷら屋のとなりの小上がりからは女の笑い声。やっぱり次生まれてくるときは女だな。
そういった社会的なわずらわしさにとらわれないでいられる男は数%、それに入ることができれば男もまんざら悪くはないが、やっぱり女がいい。きっと女は女でわずらわしいというだろうけれど、妙ちきりんな社会的責任から解放されとるもんねぇ。女だから....なんて、一見女を小バカにしたようでそれがいいんだな。女だから、別に何だっていいわけでしょ。男だから、いっぱしの大学出て、いっぱしの企業に勤めて。いっぱしのスーツ着て、400円弁当食ってろ。

話はけろっと変わって、きのう図書館のギャラリーのようなところで、《埋もれた西区の川と橋》なる展覧会?が催されていた。そうしてきょうその一部を歩いていると、古地図なんぞが道に設置されていた。こういうのに興味を示すようになるのもたぶんに爺臭くなった証なんだけれど、それはそれでおもしろいのだよ。筋違橋なんて、橋のあったままにななめに道路がついていたりする。そんな古地図を見ていると、御堂筋にしたって、かなり後になってばしっと通されたってのがわかる。それ以上に陸運より水運のほうがより占めていたというのがよくわかる。なるほどなって。
して、紙屋治兵衛の家があったとされる天神橋から曽根崎新地までまっすぐ道一本で通えた。そうすると、心中のときに、治兵衛が新地まで小春を迎えに行って、網島までの道行はやっぱり自分の家は避けて通ったんだろうなと、下世話なことを考えてみた。



 


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