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■2007/10/09 Tue■  [長年日記]

「釜ヶ崎レーニンあんねんけど行くか」
「へ? べぇべぃ〜? 釜ヶ崎べぇびぃ〜って何すか、ろっけんろー?」
べぇびぃ? なんでそんなうまいこと聞き間違うねん^_^;
「レーニンや、レーニン! マルクス・レーニン主義のレーニン」
 あ、話、長くなるので、はしょって....というのはミクシの話で、ここでは、はしょらないの^_^; と、思って書きかけたら、異様に長くなりそう。しからば久しぶりにあっちに行きましょか^_^; と、この段階ではまだあっちというのはうらまごです^_^;
うまい具合にシンスケが電話してきて、これから行ってもいいかと言われても、本日はやっとこさのお休みですよ。お休みでもギャラリーにやってきて、またーりとしてたのに。まぁ、いいや、もうちょっとしたら、『釜ヶ崎レーニン』観に行くけど、で、はい、話は最初につながりました。
でね、シンスケにとったら、「レーニン」なんてことばは思考の外にあるわけ。たとえ「レーニン」というのは知っていても、突如「レーニン」が出てきても結びつかない。ところが「森村泰昌って知ってるやろ」「えっ、森村さん」と「レーニン」以上に「森村泰昌」ということばに反応する。彼にとっては、レーニンは教科書の中だけの話で、「森村泰昌」は教科書になくとも彼の生活の中(どんなんや? )での話ナノである。まぁ、世の中、そんなもんだろ。しかし「レーニン」の格がそこまで下落してるのか、おじちゃん、困っちゃぅぅぅ。

そんなシンスケとミートくんと西成警察の前で待ち合わせ。約束の6時15分ぴったしに西成警察行くと、表の壁にもたれて地べたに座るミートくん。あまりに溶け込んでいる! いや、もうニシナリの風景の一部になっている。そこへタクシーで乗りつけるシンスケ、あぁ、ろっけんろーるぅぅぅぅ

は? 本日のイベントですか? あぁ〜た、もうサイコーぉぉぉ〜〜〜っす。で、どう最高なんかは言うたれへんねん、とミクシでは言ったのだが、ちょっとだけなw
森村さんってのは知ってる人は知ってるわけで、と言いながら、そんな知ってるほうでもなくて、言ってみれば、シンスケの森村-レーニンと逆転ですね。というわけで、ほれ《森村泰昌@WIKI》 をを〜〜っと同じ歳ぢゃないですか。京都市芸、んん? 脇坂(故人)と同じやんか。脇坂、生きてたら、森村さんより先に「毛沢東」演ったかもしれんなぁなどと感慨深い。
話には聞いていた、三島由紀夫、独裁者(チャップリン)−ヒットラー、そして今年の作品『釜ヶ崎レーニン』の3本立。釜ヶ崎でレーニンというのはツボもツボで、ど真ん中の155kmのストレートなわけです。で、これを8月末に中之島でやったのを見逃したんだけど、それが正解。この釜ヶ崎のど真ん中で観るってのがもうズッポシ。
3本の上映が終わった後、森村さんに何か質問とか感想がありますか?と、お決まりのコーナーになったら、「ミシマ」という語に自分の知ってることがらを披歴しはじめるおっちゃん。そしてそれにマジに反応するおっちゃん。中之島じゃそうはいかないだろ。ぶっちゃってるからねぇ。しかし司会は困ってたなぁ、ほっとけば、話は森村作品とはどんどんかけ離れて、ミシマ論や、革命論に突っ走りそうな勢いで。それがおもろいんですけど^_^;

「三島由紀夫が自決したとき介錯に失敗して...」
「あんた、それは楯の会の内部の話で、右翼が美化するための....」
「レーニンは世界革命の....」
「あ、あの、革命論について論じられても困るのですが」

あ、『釜ヶ崎レーニン』の前に、世界ホームレスアート大会だかに行ったおっちゃんたちの釜ダンスもありんした。


■2007/07/16 Mon■  行定勲『春の雪』 [長年日記]

2年ほど前、かの職員室でおっさん3人で三島の話をしてたら、そこに若い女性の(元)同僚(いまはそのおっさんのうちの1人の嫁^_^;)が唐突に割り込んできて
「わたし、観ましたよ」
「へ?何?」って聞くと、「映画観に行きました。」
何?それ?って、全然世間に疎いからねぇ^_^; 聞くと、あの三島の『春の雪』が映画化されたんだと、ジョ、ジョーダンでしょ。
「清顕、誰よ?」
「妻夫木クン」(お目め、キラキラ☆)
「まじぃ〜〜(; ゜×゜;) やめてよぉ。そしたら聡子は?」
「竹内結子」
「タケウチゆーこ? 誰、それ? (ナカタニなら知ってますが(殴))」
「知りませんか? きれいな人ですよ」
知りませんよ、柴崎コウでもどんな顔してんだか知らんのに。
「原作は読んだん?」
「読んでません」
なんじゃ、そりゃ(o_□_)oドテッ
あ、この話、まだまだ続きあるけどカットしますってのは、ミクシの話で、ここは書いてしまうからこわいw
で、そこに居合わせたおっさん3人に、よう原作も読まんと観るよなぁって、さんざんバカにされて、あ、でも読んでたら観ないだろうな、観たくないだろうな。図書館にあるから借りといでと唆したのだった。
2,3日後、「これ、読めませぇ〜〜ん(>_<) 旧かなじゃないですか」 うううううう、あんた、仮にも●語のせんせでしょ。

はい、前置きが長くなりすぎました(反省)。 観もせんと文句言うてても、アレなんでね、CATVでやってたから観ましたよ。結論から言うと

 やっぱり観るんじゃなかった。
 よく2時間半も我慢したな えらいぞ、自分(^。^;)

まずもって2時間半も長過ぎんだよっ。そして無理でしょ。『春の雪』を映画にしようなんて企画自体まちがいですね。

なんでも原作通りでないと許せんってわけちゃうけど、

清顕と聡子の接吻シーン、あれは人力車でないと許せません。二・二六の雪を連想しましょうよ。たとえ、そのシーンが昭和11年でなくても、むちゃくちゃに湿った雪を俥夫がじゃっじゃっと踏む音が聞こえてくるんですよ、原作では。馬車じゃダメです。そして

清顕は大きく腕をひろげて、前面の幌を外した。目の前の四角い、雪に充たされた断面が、倒れかかる白い襖のやうに、音もなく崩れてきた。

箱馬車の窓から雪が舞い込むだけでは、前半最大の一大スペクトルがしみちょびれてしまって、もう泣きそうです。正直、このシーン、もっぺんなかったかなぁなどと勘ぐってしまうくらいに、情けないったらありゃしないシーンにされちまってました。

《せをはやみ いわにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ》

この崇徳院の歌。冗談じゃない。きょう一日かかって調べてるんだけれど、確かに「幼い聡子と互みに書いた手習ひの百人一首をとりだして眺め」とはあるが、崇徳院の歌は原作のどこにも見当たらない。もし見落としなら、大恥なんだけど(^_^;。これがラストの「叉、あうふぜ。きつと會ふ。瀧の下で」という清顕のことばを『春の雪』の中にだけ矮小化させてしまってる。そして単に清顕と聡子のラブロマンスにおとしめてしまった。

 

彼は革の手袋をとつて、掌に雪を受けた。熱い掌に、雪は落ちると見る間に消えた。その美しい手は少しも汚れてゐず、肉刺一つ出来てゐなかつた。つひに自分は、生涯にわたつて、この優美な、決して土にも血にも汗にも汚れることのない手を護つた、と清顕は考へた。ただ感情のためにだけ用ひられた手。

これ、ラストで月修寺にあがっていくときなんですけど、このテキスト書くのに読み返していて、じ〜〜んと熱いものがこみあげてくるのです。清顕は天性の美少年なんですよ。たとえ松枝家が成り上がりだろうがどうであれ、そういうことなんかは超越した美少年でないといかんのです。妻夫木クンが男前でないというのでなくて、この清顕でいる俳優っていないでしょ。聡子もねぇ、可哀想です。本多...キャスティング以前にイメージのとらえ方がこんなにも違うものかと。そうして、このラスト、映画では紅葉してましたねぇ(^_^; 「小春の雪」ですか? なんかムキになるのもイヤになってきた。

※ たぶんセットなんだろうけど、平唐門の脇の勝手口から見える「四角い敷石が市松つなぎに内玄関まで敷かれてある。」が妙にリアル。円照寺(月修寺のモデルとなった寺、上の写真)で実際にロケしたのかと、エンドロール見てたけど、円照寺のクレジットなかった(と思う)。
※ 行定勲ってかの『せかちゅー』の監督かい。笑止。


■2007/06/28 Thu■  最近また萌え [長年日記]

最近、おうちに帰ってくると、マックの前にかじりつき、なんてことはしなくて、すぐ寝っころがって本読んでたりね、ベッドには常時、3,4冊、散乱。かと思えば、こないだうちの 日本映画専門チャンネルで、寺山の『田園に死す』『書を捨てよ、町に出よう』これなんかね、ちゃんとDVDにしてもってるのに、オンタイムで2回も観てしまった。大島の『新宿泥棒日記』もね。これもDVD正規版もってるのに。あと松本俊夫『薔薇の葬列』、ピーターが出てるの。かと思えば、急にHDDに入れっぱなしの『軽蔑』
観たやつばっかしだなぁ。
はたまた3年前の立命-関学の豪雨のプレーオフ(涙の日生球場)よりすごいゲームな。タイブレークに突入して1Pの関学のフィールドゴールはゴールポストの上、ごくわずか外側を通って行ったのだった。あ、去年の甲子園ボウルもすごかったんだよなぁ。見てない^_^;
で、きょうはロッセリーニ『ドイツ零年』。これねぇ、ゴダールの『新ドイツ零年』見ようと思ったとき、あ、やっぱり先にこの『ドイツ零年』のほう見とかんとなぁと、ゴダールをお預けにしといたら消してしまったのだった。そのおあずけのほう、どっかにないかなぁ。この『ドイツ零年』って1947年のドイツが舞台、そしてネオレアリズモでしょ。同じ敗戦国のイタリアが描いているというのも妙な感じ。そしてこういうの見てると、アラーキーってネオレアリズモだなぁってつくづく思うわけ。

あ、タイトルの「萌え」ってのは、またいろんなものに萌えてきたことです。


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