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うらまご/まごまご日記/まごっと/まごれびゅ/P-FUNK/maggot

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■1998/10/11 Sun■  [長年日記]

緑のすきまから、softly as the morning sunriseで目がさめた。なんやぁーもうオッサン連中みんな起きてんじゃないの、ほんまオジンばっかり、朝が早いわ、っと、一番最年長はわしか(汗) 目が覚めてもぼーっとしてたら、「ほれ、まごさん、コーヒー」とkatsuさんは優しいわ。この優しさで女をころっと、あ、いかん、いかん、ひとのプライベートを暴いたらアカンやん。しかしやねぇ、もうロールパンも2個くらいしか残ってへんかったんだよ。朝はね、やっぱりミルクたっぷりのカフェオーレにクロワッサン、それと黒すぐりのジャムに生ハムをちょっと一口、ベッドにハニーと寝たままで、をい(-"-)
はい、オッサン集団です。いちお、集合写真ね。



片づけを済まして、というてもボクはほとんどなんもやっとらん。KATSUさん、立派。ああいうふうに家でもネコかぶってんだろうな。かいがいしく働いて、ちゃっかり遊ぶ。彼の行動パターンはもう長いつきあいなだけによくわかる(笑) あ、ウソ、ウソ。
さすが連休でクルマが多い。なんぼ2輪ばっかりというてもでかいのが多いだけにスリ抜けもしんどい。ボクもサラのシャドーで、バハみたいな下品なすりぬけイヤやもんなぁ。あともうちょっとというところでどっとすり抜けてったのが1台おるけどね、勝手に峠の方まで上がって行ってしもた。おバカだねぇ、結局、着いたの最後ぢゃないの、遥ちゃん(笑)

お約束のほうとう、キノコのおいしいのんあるって言うててんけど、あのナメコみたいな、天然のナメコ?かなぁ、ボクはクロッコみたいなキノコの塩焼き期待してたんだけど、ほうとうに入れてがさがさと食べてしまうのはちょっともったいなかった。天然のナメコなら、素で食べたかってんけどね。で、ここも連休でえらいお客さんいっぱいで、ほんまなんもおかまいしてもらわれへんかって、まあこういうかきいれ時やなしに、ゆっくり落ち着いて、そうそう、上の峠の茶屋に2, 3日、逗留して(2, 3日ぢゃ逗留とは言わんか)、富士に月見草はよく似合うなんていうてみたいな(笑) その節はよろしくね。添い寝してくれとは言わへんから(笑)
いちおう御坂峠まで上がって、まぶしい富士を見る。
甲府側におりきったところでみんなと別れた。ここからはまたひとりぽくぽく走る。でーっと東富士五湖道路に入ってしまえばよかったものを、長年にわたってしみついた下道根性でR138を走ったもんだから、快適なツーリングとはほど遠いようなクルマの間でぼっぼっぼと走ってるだけ。やっと御殿場間近まで来てR469に入ったら気持ち良く走れた。こうでなかったらねぇ、ツーリングやあらへん。と思うてたら、それはみごとなススキの原が目の前に現れた。見渡すかぎりのススキの原にぽつんと一人とはいかないところが、関東の観光地。それはさしひいてもあのススキの原の向こうに富士がぼーっとかすんで、空は抜けるように青いというのはまさに日本的情景。

ちょっと下道走るのにうんざりしてたから、富士からは一目散に東名に上がって、時間にちょっと余裕があったから、豊川まで走ってちょっと蒲郡で道草。夏の帰りも素通りで東名ぶっちぎったからね、おJUNKO様のお顔を拝見しておかないと(笑) ばっちりの時間やね、MAX閉店15分前に到着するなんて、こういうことにかけてはバリうまだからね、ボクは。Mr.MAXことJINさんとおJUNKO様の3人で近くの居酒屋のような店で食事。これからJUNKOはダンスの練習だって? うっぷっぷ、あ、笑うたら殺されまふ(笑) しっかり晩ごはんはJINさんにご馳走になっといて、大阪来たら、うまいたこ焼き食いに連れていきまんがな、たこ焼き安上がりでええなぁ(笑) KATUはどうでもええけど、ん、MIKOはどうしたん、MIKOは。またどこぞで妄想しとんのかい。このボクがやねぇ、大阪まで一気に走らんとわざわざこないして寄り道してんだからね、いらっしゃいませぇ〜と三つ指ついてですねぇ、あ、こんなこと書いたらまた「まごっ、みこに会いに来て、ええよぉ、わたしよりみこのほうがええんでしょ(-"-)」って、あううう、おJUNKO様ぁ〜〜ですわ(笑) ちゃあんとおJUNKO様はわたくしめのバイク、「を、なかなかかっこいいぢゃん」と褒めてくださいました。ははぁ〜〜m(__)m
というわけで、シャドーの初ツーリング、バハみたく浮浪者にもならず、なかなかの1泊ツーリングであったぞ(笑)

■1998/10/10 Sat■  [長年日記]

一年で一番晴天が約束されてる日というてもええでしょう。きょうは。しっかり晴天。でも2, 3年前だったら、こういうとき前の晩からでやぁ〜っと走れたんだけど、どういうわけか、走れなくなったなぁ。ちょっとオジン化傾向にある。眠たすぎるんよね。眠たくて眠たくて前の晩に早よ寝て、朝4時起きで、急いで用意して、飛び出したのが5時半。例によって西名阪から名阪入ったら、寒くて寒くて、だから朝早くに走るのはいやなんだよ、バイクの上でがたがた震えてる。あ、バイクはもちろん新しいShadow...ふふふふ。名阪の亀山を過ぎてやっと日もあがってきてちょっとは寒さもマシになったけど、パッチも履いてなかったことをおおいに悔やんでしまう。もう若くはないんだから。舐めたらアカンぜよ。ばしばし高速走って、というても、Shadowは図体がでかいくせに400だから、下手するとバハの方がよう走る。それでもバハのようにしゃかりきになって走ることもいらないで、ゆったり走ってられるのがいい、とくにこういう高速はそう。
あ、どんどん走らせます。でなきゃ、いつまでたっても着かんでしょう(笑) あ、この日記の話ね。名古屋西も過ぎて、東名阪でぐるっと名古屋を迂回して、それで名古屋インターから東名に入って、ははは、バハのときとはうってかわって高速ばっかり走ってるやんか。はい、ばりばり走って、浜名湖SAで休憩。9時半ちょっと前。おJUNKO様に電話入れて、あした帰りにちょっと寄ろうかなと。JUNKO→仕事、ボク→遊び、はぁ〜お気楽、お気楽。しかしだ、それにもましてお気楽なオヤジ3人。なかでも遥山泊、部屋の中から電話してくんなよな、しかも「あ、ちょっと待って、いま女の子と替わるから」いらんちゅうねん(-'-) はい、はい、ええですねぇ、すっきりさせて。ええですよ、ボクにはハニーがいてるもぉ〜〜〜んだっ。ちゃんと操たててますぅ。でもなぁ〜〜(笑) (この「でもなぁ〜(笑)」はハニーだけわかればよろし(爆))
なおもバハバハと、あ、ちゃう、シャドシャド〜と高速走って、清水で下りた。清水で下りて、由比のすまる亭で、かきあげ食うためだよ。桜エビとシラスのかき揚げ、1枚ずつ入った蕎麦を食う。なんかうまいんだよなぁ、ちょっとB級の味だけど。
蕎麦も食うて、やっとツーリングの始まりってところか。高速というのはいくらShadowになっても移動の手段でしかない。
由比のバイパスを蒲原まで走って由比の町まで逆戻り、そこから富士宮へと抜ける県道76号、峠でぱっと目の前いっぱいに富士がけぶっている。そこからしばらく富士を真正面に見ながら下って行った。富士宮の市内は相変わらずごちゃごちゃしてる。さすがバイク日和とあって、何台もバイクが走り回っている。それに輪をかけて車の多いこと。富士宮道路なんかほとんど車は渋滞。退屈だろうな。その横をすり抜けて、今年の夏に雨に降られたなんちゃら牧場を過ぎてから、この前と同じように、勝手に「サティアン道路」と命名した鳴沢へ抜ける道を走る。この前とちがってやっぱり天気がいいというのはなにものにも変えがたいよ。そんでまたこんな道をどっどっどっと走るにはぴったりね、Shadow。

さてShadowはこの瞬間のためにあったというてもええんだけど、待ち合わせ場所は船津胎内樹形(ここ何があるん?)。こっちかいなと信号を曲がってふっと止まって、どうもあそこらしいやとゆっくり走って行ったら、みんなおったがな。まさかボクがアメリカンに乗って現れるなんて夢にも思うとらへんから、7, 8人かたまってる真ん中めがけて突っ込んで行ったった。
なんだぁぁぁぁ〜〜っまごさんっ!!」
「どうしたん、いきなりアメリカンなんか乗ってぇ〜」
ぎゃはははは、大成功っ!! 人をあっとビックリさせる快感。ふふふ、そのために生きてるようなもんよ(自爆) こういうのは何回でもやってみたい。しかしこんだけものの見事に決まるとは思うてへんかったなぁ。だいたいボクのイメージはきっちゃなぁ〜いバハと固定されてしもてたからね(笑) ひとしきり話題を多磨栗からかっさらって、いざ7台だかつらねて別荘へ。ただひたすらついて走り、同じような道をいくつか通り過ぎ、さすが関東の別荘地、閑静な中を、どどどどどどどどっとエンジン轟かせながら入って行った。こいつら何モンやと思うとるやろなぁ。まぁとんでもない連中と思うてることに間違いはない。しかしやね、関東の別荘地はほんま関東の別荘地やね、なにを言いたいんや(笑) あ、いえ、ですね、関西の別荘地というのは関西なんですわ(笑) あたりまえのことを言うな(-"-)
 静かな昼下がりの午後、木漏れ日が心地よい。つい、ハニーのひざに頭をのせてうとうととしてしまう。ハニーがそっと頭を撫でてくれる。まるでハニーのこどもになったようにボクはすごく甘えてみたい気持ちになって、ふっと匂ってくるハニーの女を....こぉらぁ〜〜〜っ、何を妄想しとるんぢゃあああああ、ここはオッサンばっかリの世界。いちおうシチュエーションは抜群であっても、オッサンしかいない世界。ボクは急速に現実に引き戻された。が、しかし寝起きのちんちんはなぜかびんびんであった。
 う〜みゅ、なんせ関東の別荘地だから、ここは、関西の別荘地ぢゃないんだから、もうちょっと気取らせろよ、っていうたってオッサンのマンズマンズワールド、でぃしぃざぁまぁ〜ん、芸のないバーベキューで夜は更けて行ったのである。こないだの全国オフとかわらんぢゃないの。ひとこというといてくれたら、真っ赤に燃えるキムチ鍋・・をい、ぜんぜん変らんぢゃないの、レベル的に。そうね、関東の別荘地だから、鴨のローストに、ワインは、ねぇハニー、ボジョーレ・えええい、なんでわいがワインの銘柄知ってんなアカンねん、川島なお美やないど。
このむさくるしいオッサンだけの宴席でボクは酔いきれなかった。というか、飲んでなかったのね。というのは、このむくつけきオヤジの集団の中に一人の若き女を生け捕りにして来るという重大な使命をになっていたのであった。
いそいそとボクは、あれ誰のクルマだった、あ、ブンちゃんのか、なんやった? 忘れたけど、とにかくクルマで彼女を迎えに出ていった。あたりはさすが関東の別荘地、まっくら、どこにひっぱりこんでも、こぉ〜〜らぁぁぁ〜〜っ、なに妄想してまんねん。ほんまに完ぺきにオヤジモードなんやから。
彼女は10時まで店を開けてなければいけないという。そのちょうど閉店時刻をねらいすましたかのように店の前にクルマを停めた。そうしてボクは胸をとどろかせながら、彼女一人っきりの店の扉をあけた。むせかえるような女の匂い、そうして目を射るばかりの...あ、アカン、これ以上書いたら、またおこる(笑) 内緒、内緒(笑)
あ、別にボクと彼女はなぁ〜〜んもありません。たまたまネットの中で知りあったというだけで、なんかあったら書くかいな(笑) いや、それでね、ボクが行ったらすぐ店閉めるんかと思うてたら、ちょうどインターネット接続してたところで、そっからなんやかんやと話してて、あ、でもかなり目のやり場に困る場所なんだけど、いろいろしゃべったなぁ、書いたらアカンような話もあったかなぁ、文楽がどうたらこうたらとか、非常に文化の香り高い話もしておったよ(笑) っと気がつけばもう1時。なんたるサンタルチア。全然若き女を生け捕りにして来るという重大な使命を果たしておらんのであった。けっきょくボクだけええ目、あ、ええ目というても、オヤジどもがかんがえるようなええ目ではなくて(笑)、若い女の空気を吸ったというだけね。こんなことなかったら、オヤジのくさぁ〜〜い空気吸ってなアカンわけでしょ(自爆)
案の定、帰りは道に迷った。さすが関東の別荘地である。こんなことなら、せきたててクルマに乗せて生け捕りにしてきて、道に迷うのだったなぁ〜って、くぉ〜らぁ。そんなこと考えてませんって(笑) ハニーいるもん(笑)
別荘にやっとのことで帰りつくと、もうみんな寝てた。もこっと起きてきたナナとか、じんじんとか、あと誰だったか、たたき起こしたよなぁ。まだ2時になってないというのに、今年はなんかお上品だねぇ。どうも最近、パパクラ、お上品でいかん、と、ふと思い出したら、朝に多磨栗やってんだよねぇ、やっぱり下品なのだった。ふっ、お疲れってところか(笑)

■1998/10/04 Sun■  [長年日記]

抜群のツーリング日和。Shadowのまともな初乗りにばっちし。これもそれもあれも日ごろの行いの良さだね(笑)
10時きっかりにヤモを迎えに行って、ヤモはおとついの納車の時に、あ、そうだ、思い出した、オーナーより先に跨がるなよな、「いちおうやっとかんなな(笑)」
R43でどどーっと神戸まで走る。1時間ちょい。あんまり天気がいいので、ニシムラでお茶して、天気がいいというのは関係ないか(笑)、神戸に行ったらニシムラでコーヒーというのはボクのデフォルトだから。須磨は混んでるだろうと垂水まで山側を走ったら、じきに明石に着いてしもた。
バイクを駐めて、いつものことながらきむらやの前には行列ができていて、アホちゃうかぁとせせら笑いながら魚ん棚を歩く。魚ん棚はあの日以来だから、ちょっと思い出してる自分、あほやなぁ。「ウタ」はもう閉めてしもたみたいだし、新しい店、開拓せなあかんなぁとぶらぶらしてたら、昔くさい豆屋があって、その頑固そうな店にこれまた頑固モンを絵に描いたようなおばはんがおって、一度通り過ぎたんだけどね、ヤモはデジカメおニューなもんで、ちょっとあの豆屋写しとこって
「すんません、店の写真撮らせてもらってええですか」
「わたし写真写されんの嫌いだから、わたし入れたらあかんよ」
「はい」ぱちっ
「こんなもんですが」とヤモはデジカメの快感を味わうかのようにおばはんに見せてる。
「半分、写ってるなぁ」
やっぱりこのおばはんは頑固モン(笑)
「この頃はお豆あんまり食べんようになってなぁ、体にええんよ、お豆は、女の人でも糖尿増えとぉやろ」
豆の間に沈粉(チンコちゃうぞ、ジンコ)、売ってて、これが明石焼きの秘密の粉ね。同じたこ焼きでも明石と大阪のちがいの秘訣はこの沈粉で、えっとですねい、明石でたこ焼きというとタコ入りのお好み焼きで、いわゆるたこ焼きは玉子焼き。当たり前というたら、当たり前なんだけど、明石では「明石焼き」とは言わんのばか。それは広島で「広島焼き」と言わんのと同じやろ。そしたら明石では大阪のたこ焼きは「大阪焼き」言うのか、これは確かめてへん。広島では大阪のお好み焼きは「大阪焼き」とは言わへんで、「混ぜ焼き」言うとったな。具も粉も混ぜてまうからやけど、神戸と大阪ではどっちも混ぜ焼きやけど、これがまた違うねんなぁ。神戸の人間に言わせたら大阪のお好みは固いとゆうけどね。というわけで、おばちゃんが書いてくれた玉子焼きのレシピ

     玉子焼きお好み焼き
    ジン粉1カップ1カップ
    メリケン粉 1カップ  1カップ
    だし(こぶ) 6カップ   3カップ
    玉子    5ケ    3ケ

というのを、カレンダーを小さく切ったメモにさらさらと書いてくれた。
「おばちゃん、たこ焼き、おいしいのんどこなん?」と聞いたら、「いや、教えたら教えたで、辛かったとかなんたら言うてきよるから教えへんことにしとんねん」と言うとったのに、あれやこれやしゃべってる間に聞き出して、ほな行ってきます。
と言われた通りの場所に行ってみたら、「たこ焼き道場」なる店がある、ゑっ、これかぁ、あの頑固が教えてくれたにしては違和感があるなぁと、その近くを捜してみたけど、ほかにそれらしい店は見つからん。やっぱりここかなと入ってみたけど、それはそれなりにおいしかったんよ。難をいうたらたまに粉が固まってるとこがあって、玉子焼き特有のくにゅっとしたのがないのがあったりして、おおむねはくにゅっとしとるんよ。だから文句はないんだけどね、きむらやなんて粉で固まってしもとるやん、それに比べたら、これが明石の玉子焼きと言えるようなもんやってんけどね。玉子焼き(たこ焼き)を1枚ずつ食うて、たこ焼き(お好み焼き)を1枚焼いてもろて、まぁふつうは半分ずつきっち切るはなぁ、ところがヤモに切らしたら、7時と5時に切りよる。そんなところがヤモらしいといえばヤモらしいけど、その不平等に切り分けたたこ焼きをめぐってジャイケンに燃えるオヤジというのは...当然ながらそういうときはヤモが勝ちますがね(笑) 忘れてへんか タコの祟り
はぁ食った、食ったと表に出てみると、すぐ隣に、おばはんのいうそれらしき店があるでないか、しかしやってんだか、やってないんだか、表のガラス扉を押開けてみると、電気もついてへんで奥でおばはんがなんかしてる。これに違いない。しかし腹はとりあえずいっぱいである。しゃあない。魚ん棚を一巡りして腹こなして再度襲撃かけんことには心残りだ。魚ん棚に戻って、にゅるにゅる動きよるタコを見たり、そういうてもねぇ、魚ん棚ちゅうてもまっすぐ歩いたら5分もかからんし、あれやこれやと魚を眺めながら歩いても30分がええとこか。して再度襲撃をかけてみたら、今度は表にのれんが上がっていた。「思い出」なんちゅう時代錯誤なネーミングや、いまどきどこに「思い出」なんて名前の店があるんやぁ、ちゅうて明石にある。
ガラス扉を開けて入ると、客は誰もおらん、開店休業状態。をい、だいじょうぶかという雰囲気がそこはかとなく漂う。玉子焼き2つ。と注文すると、おばはんが奥でかしゃかしゃと粉をかきまぜる音がする。他に客がおらへんのでヤモとひそひそ声で、「やっぱりここやなぁ」と確認しあう。しかしよそでは表に客が、というてもほとんどが観光客だが、並んでいるというのに、そうね、ネーミングがねぇ、あ、時代錯誤っぽくてボクは好きだけど。「ウタ」のおばはんは老人ホームに入ってしもて、ボクらはあの「ウタ」の幻影を求めて、こうしてたてつづけに玉子焼き(たこ焼き)を食い続けてるのだ(笑) そうしてるうちにやっと二人、夫婦で入ってきた。明石ネイティブだな、おばはんはボクらいちげんさんにはあんまりしゃべらんくせに、心安く夫婦としゃべってる、夫婦のテーブルでスジ焼きそばを焼きながら、うまそうやんけ、あれ、食いたいなぁと思うが、腹はいっぱいなんよね。へへ、こういうネイティブな店を見つけると嬉しいな。あえて難をいうとけばもうちょっとタコ大きしてほし。
うう、書き出したら長いなぁ。はい、ふたたびおニューのシャドーに跨がって、海がまぶしいなぁって、アメリカンの上では立たれへんのよね、バハならずっとスタンディングで風をうけながら海を見ながら走ってんだけど、文句は言いません。だってアメリカンはアメリカンで快適だもん。明石大橋の見えるところで記念写真。

長田まで戻って、行きしなに見つけてた豚饅食うたろと思うててんけどね、行ってみたらもうしまってた。うまそうやってんけどな、店の横から出てきたおばちゃんに聞いたら
「いつもはもうちょっと遅までやったはんねんけど、売り切れたんやわ」
あぁ惜しいことしたなぁ、それやったら行きしなに食うとくんやった、と見るとそのおばちゃん、手にフリスク
「おばちゃん、フリスクちょうだい」
と手を出したら2粒くれた。
それから有馬へ。ここらの道、走るとね、しゃあないけど(-.-;) そんで久しぶりの金泉はちょうどハイキング帰りの人やらでむちゃ混み。そんでもええ気持ちやなぁ。温泉は有馬やて、あんまりええ気持ちなもんで、帰りの新御堂で居眠りしてもたやないの。新車の上で腹上死なんてシャレにもならへんわ。

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