今は、僕が自然体で書いたものを、自然体で受け止めてくれる人だけが読みに来てくれるような感じ。
たとえば私はとある日記を初めて読んだ時に、書かれていたのは「私の書くものは難解だ。わからない人はわからなければいい。理解できる人だけわかってくれればいい。」と突き放したようなものだった。なかなか傲慢ではある。だが、そこから私が感じたのは「もっと私を見て。私をわかって。私を好きになって。」という書き手の悲痛な叫びのようなものだった。そんなことは一言も書かれていなかったのだが、私はそう感じた。以下、「私が感じた」その日記について。
まったく、きょうび、眉毛に唾をつけずに見られる恋愛映画なんてヒマラヤの雪男同様存在があやぶまれる。
1956年(昭和31年)、横浜市生まれ。慶応義塾大学仏文科入学後、パリ第四大学留学を経て慶應義塾大学大学院博士課程修了。中上健次・坂口安吾を扱う評論で執筆活動を開始。大学院修了後の1989年に、最初の小説「うちのお母んがお茶を飲む」を発表。つづけて「ドアを閉めるな」「スペインの城」を発表し、「背負い水」で第105回芥川賞受賞(1991)。