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■2004/10/23 Sat■
ちーだいありー奮闘記 (続いた) - ロマンチシズム
[
長年日記
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はっきり言って向いてないです、プログラミング。だいたい、.cgiや.rbが何という言語で書かれてるのかわかっとらんもん。そういう言語の勉強はしとらんもんねぇ。はるか昔のBASICで止まってるもん。そういうお勉強するより、もっと他に遊ぶことが多すぎて(^_^;) htmlにしたって、ver3あたりで止まったきりとちゃう。そのくせいまだにテキストエディタ使っての手打ちですが、はい、もう開き直っております。
してなんだかんだって言いながら、このまごまご日記とうらまごをtDiary.netからロリポップに移転させたので、ブックマーク(なんかしてるの、あんまりおらんだろうけど)とかアンテナ(ますますおらんねぇ。どうです、そこの奥さん、これを機会にアンテナに入れていただけませんか。)の変更よろしくね。
さてさて、どういうわけか、最近、唐十郎づいてるわけです。立て続けに李麗仙『五つの名前』、鶴木遵『李麗仙という名の女優』』を読んだ。それから、山口猛(ギューちゃん)、彼は1972年の『二都物語』当時、状況劇場で助演出だとか、マネージメントをやってた人ですが、マネージメントは表向きは不破万作ってことになってたけど、実質やってたのはギューちゃんでしょ。そのギューちゃんの書いた『同時代人としての唐十郎』という本も少し前に手に入れた。がちっと書かれた演劇論なので、がつっと組み付いて読もうという元気などいまはない。ぱっと開いたページで目に入ってきたのは
「徹底的に唐のエゴイズムに貫かれた集団であり、劇団員の自我はまた、唐の掌を出ることは許されなかった。(中略)麿赤児と四谷シモンが離れたのも畢竟これであった。が、そのために逆に組織そのものは強化され、」
そうして『二都物語』、『風の又三郎』へと繋がり、そこでひとつの頂点を築き上げてしまう。が、そこから根津甚八が離れ、小林薫が離れ、さらに不破万作、十貫寺梅軒、ついには大久保鷹が離れていく。そんな中で唐十郎も変貌し、そうして最後に李麗仙までもが離れていく。
いま、ボクが状況劇場論をぶちあげようというのでなくて(状況劇場という集団の中で、また唐十郎自身において、何がどうなってどうなったかを知りたかったら、上に挙げたような状況劇場関連の本がいくつかあるので読んでください)、まして唐十郎のとった方向を批判などできなくて、そりゃそうでしょ、ボク自身のあの時代にがつっと楔を打ち込んだのは唐十郎だから。それよりも、その集団、集団の時間の中での人間と人間のダイナミズム、とりわけ唐十郎と李麗仙の間のダイナミズムを感じとってしまった。ひとつにせつなくもある。
数日前に、芝居という一回性の上で「(芝居は)記憶のかなたにおぼろげになるだけ」と書いたけれど、それはロマンチシズム以外のなにものでもない。そうして人と人の関わりも、「記憶のかなたにおぼろげになるだけ」なのだ。だからこそダイナミズムそのものだし、ロマンチシズムに縁どられるのだ。
ただロマンチシズムで縁どるためには、「決着がついていないと事実も嘘くさく変貌してしまう」というのは正しい。じゃ、翻って、ボク自身の生きてきたこと、関わってきた人たちとの関係に決着を着けれたのか、それは「記憶のかなたにおぼろげになる」のを待つしかないのか。そんな秋です。
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