って、あ、あのねぇ(汁) あのですねぇ、《Pity's akin to love》って言うでしょ。すなわち《慰めは愛に似てる》 をい、そのままじゃないの(棒汁)
《Pity's akin to love》ということばが、最初にボクのところにやってきたのは高校生の時。ちょうど女にふられて落込んでるところへ、別の女から手紙(手紙だよ、手紙、メールじゃないゾっと)が来て、それに《Pity's akin to love》としたためられておった。なんじゃこりゃと、英和辞典でひきました。
akin 【形】 1. 血族で、同族の 2. (…と)同類で、同種の
と、ちゃんとPity is akin to love. の例文も出ておったな、なになに、「憐れみは恋愛にちかい(ことわざ)」とな、こいつは何を言いたぁてこんな手紙書いてきおったんじゃ(-.-;) はいはい、ふられておちこんでんのを横で見てたら、ちょっとまごちゃん可哀想になってるうちに、ん?ボクに惚れたんか?といろいろ悩ませてくれやがってね、いったいどう解釈すればエエんよ。それで直接聞いてみたんよね。そしたら、「『三四郎』やんか、すとれいしーぷ」とまたわけのわからんことを{^。^`;トホホ またしても英和辞典のお世話にならんなあかんようになって
stray 【形】 …(略)… stray sheep 迷える羊
仕方がないので『三四郎』を読み始めた。読んではみたものの、蒲団の真ん中にタオルで仕切りをつくって、ひとつ蒲団で女と寝た(やったのでない!)なんて、文豪は純情だったのか。結局、彼女がボクに意図したものは何だかわからんかった。彼女とはとりたてて恋愛関係にはまったわけでもなくて、高校卒業したらそれっきりで、今もって《Pity's akin to love》が意図したことはわからないまま。
たぶん、落込んでるボクを見てたら、母性本能をくすぐられて、ちょっと気になったってところでしょ。そういうことにしとこ、って、そういうことにしてるんだけどネ。
ご自愛いたさせていただきます。
どうも最近テンションが低くて....気が抜けたような。何にもしてないわけでもなくて、アメリカン見に行ったり、ラグビー見に行ったり、はたまたカニ食いに行ったりもして、テニスはテニスで頑張ってる。でもまぁ、ただそれだけのことで、とくにたんたんと日々が過ぎていく。恋のひとつでもすれば、いろいろ上がり下がりがあるんだろうけれど、平坦だね。
だからというわけでもないんだろうけれど、妙な物欲だけは旺盛で、性欲がすべて物欲に振り当てられたのか(-.-;)、オークションだけで飽き足らずに古本屋巡りは止まらない。おかげでボクの周りには高く古本が積み上げられるばかり。そういうふうに仕入れた古本を読んでいるのかというと、そうでもなくてぱらぱらと眺めるだけ。ひとつにもう一月以上もかかってる本があって、これがドサリと重く、なかなかに進まない。それでもやっとあと数10ページにまでこぎつけた。これをなんとか読みきらないと今積み上げられた本たちに向かうこともできない。とにかく読みきってしまわないと、きっとへこたれるから。おもしろいんだよ、だけど本当に重いんだ。
そうして人間50年もやってると、あとどれだけの本を読めるのかという気が起こってくる。きっといま買込んだ本の半分も読みきれないだろう。この30年の間にも買込んだ本の半分は読みきれてないのだから。不安というわけでもなく、これはほんとに一種の欲望なんだろうな、きっと。
欲望というと、男にはあながちありうる出世欲だとか、そういうものとはとんと無縁。そういう欲望に絡まれた男たち?たとえばあいつとかあいつとか?もしんどいんだろうな。でもやつらにとってはボクの物欲の対象というのはゴミなんだろうけれど、それと as well as やつらの欲望の対象はボクにとってはゴミなんだ。