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■2002/12/11 Wed■  Pity's akin to love [長年日記]

Fairport Convention
Full House
   ご自愛下さい。。。「あ」は抜かないように……

って、あ、あのねぇ(汁) あのですねぇ、《Pity's akin to love》って言うでしょ。すなわち《慰めは愛に似てる》 をい、そのままじゃないの(棒汁)

 《Pity's akin to love》ということばが、最初にボクのところにやってきたのは高校生の時。ちょうど女にふられて落込んでるところへ、別の女から手紙(手紙だよ、手紙、メールじゃないゾっと)が来て、それに《Pity's akin to love》としたためられておった。なんじゃこりゃと、英和辞典でひきました。

  akin 【形】 1. 血族で、同族の 2. (…と)同類で、同種の

と、ちゃんとPity is akin to love. の例文も出ておったな、なになに、「憐れみは恋愛にちかい(ことわざ)」とな、こいつは何を言いたぁてこんな手紙書いてきおったんじゃ(-.-;) はいはい、ふられておちこんでんのを横で見てたら、ちょっとまごちゃん可哀想になってるうちに、ん?ボクに惚れたんか?といろいろ悩ませてくれやがってね、いったいどう解釈すればエエんよ。それで直接聞いてみたんよね。そしたら、「『三四郎』やんか、すとれいしーぷ」とまたわけのわからんことを{^。^`;トホホ またしても英和辞典のお世話にならんなあかんようになって

  stray 【形】 …(略)… stray sheep 迷える羊

 仕方がないので『三四郎』を読み始めた。読んではみたものの、蒲団の真ん中にタオルで仕切りをつくって、ひとつ蒲団で女と寝た(やったのでない!)なんて、文豪は純情だったのか。結局、彼女がボクに意図したものは何だかわからんかった。彼女とはとりたてて恋愛関係にはまったわけでもなくて、高校卒業したらそれっきりで、今もって《Pity's akin to love》が意図したことはわからないまま。
 たぶん、落込んでるボクを見てたら、母性本能をくすぐられて、ちょっと気になったってところでしょ。そういうことにしとこ、って、そういうことにしてるんだけどネ。
 ご自愛いたさせていただきます。


■2002/12/04 Wed■  恋人のいない時間 [長年日記]

中森明菜
BITTER & SWEET
 きのうレイトショーにゴダールの『恋人のいる時間』を見に行ったんだけど、このとき「ゴダールの」という修飾語は必要だね。ゴダールというので、あ、小難しい映画なんかい、あたしゃパスだね、よくゴダールなんか好きだなと変わり者扱いしてもらえるのだけど、単に『恋人のいる時間』となると、メロウメロウな女性映画路線、『マディソン郡の橋』とかの路線かと思われるでしょ。いや、別にそういう路線は嫌いじゃないんだけど、それにしてもレイトショーにオヤジひとりで行って、チケット売り場でもたもたしてるところに、「『恋人のいる時間』ですか?」と係のおねえちゃんに言われるのってバツが悪くないか。なんか初めて成人映画を見に行ったときに切符売り場のおねえちゃんに「いくつ?」と聞かれて「じゅっ、じゅはち(^_^ゞ」のような。  しかも映画始まる前にそのねえちゃんが客席に入ってきて「ただいまから『恋人のいる時間』を上映いたします」と、な、何度も言うなよ。

 『恋人のいる時間』といえば、中森明菜に同じタイトルの歌があった。作詞したの、誰か知らんけれど、ゴダールから連想したのか、それはどうかわからん。でもボクはそれ聞いてゴダールと同じだなと思ってて、ゴダールにしても中森明菜にしても『恋人のいる時間』というのはそれぞれにあまりに知られてないんだけど、ボクは結構好きでクルマでテープで流しながら一人で歌ってた。アラ、歌詞うろ覚え。恋人はいるんだけれど、独りで暮らしている女の情景描写が利いている歌。
 まごれびゅにもちらっと書いたんだけれど、映画の中で《追憶》《現在》と夫ピエールと愛人のいる妻シャルロットに語らせるところがある。
「僕の記憶は・・・僕は忘れることができない」
「愛に生きるのは現在の中だけ。もし現在がなかったら、愛は死ぬわ」

 映画館の外に出ると、まだ11時前だというのに茶屋町あたりはひっそりと静まっていた。コーヒー飲みたくても店も閉まってしまってる。地下鉄に向かって歩きながら、ふっとそこに何年か前に一緒に来た店。


■2002/11/30 Sat■  欲望に限界はあるのか [長年日記]

Cameo
Knights of the Sound Table
 どうも最近テンションが低くて....気が抜けたような。何にもしてないわけでもなくて、アメリカン見に行ったり、ラグビー見に行ったり、はたまたカニ食いに行ったりもして、テニスはテニスで頑張ってる。でもまぁ、ただそれだけのことで、とくにたんたんと日々が過ぎていく。恋のひとつでもすれば、いろいろ上がり下がりがあるんだろうけれど、平坦だね。
 だからというわけでもないんだろうけれど、妙な物欲だけは旺盛で、性欲がすべて物欲に振り当てられたのか(-.-;)、オークションだけで飽き足らずに古本屋巡りは止まらない。おかげでボクの周りには高く古本が積み上げられるばかり。そういうふうに仕入れた古本を読んでいるのかというと、そうでもなくてぱらぱらと眺めるだけ。ひとつにもう一月以上もかかってる本があって、これがドサリと重く、なかなかに進まない。それでもやっとあと数10ページにまでこぎつけた。これをなんとか読みきらないと今積み上げられた本たちに向かうこともできない。とにかく読みきってしまわないと、きっとへこたれるから。おもしろいんだよ、だけど本当に重いんだ。
 そうして人間50年もやってると、あとどれだけの本を読めるのかという気が起こってくる。きっといま買込んだ本の半分も読みきれないだろう。この30年の間にも買込んだ本の半分は読みきれてないのだから。不安というわけでもなく、これはほんとに一種の欲望なんだろうな、きっと。
 欲望というと、男にはあながちありうる出世欲だとか、そういうものとはとんと無縁。そういう欲望に絡まれた男たち?たとえばあいつとかあいつとか?もしんどいんだろうな。でもやつらにとってはボクの物欲の対象というのはゴミなんだろうけれど、それと as well as やつらの欲望の対象はボクにとってはゴミなんだ。

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