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■2001/10/14 Sun■  [長年日記]

S.E.S.
LETTER FROM GREENLAND
 きのうは結局200km越えのツーリングになってしまって、そんなに走ったのって、ここ1年なかったから、途中からクラッチ握る腕が筋肉痛でもう大変。こんなになるかぁというくらい。ずっとエアロビクス行ってるけど、関係ないのか、やっぱり歳なのかねぇ。なんかひどく疲れてこてんと寝てしもてるし。
 だからきょうの日曜は、くたぁーっと寝て暮す。

 先週の全国オフの時にも、あんなアホなことやらかすと、そのあと気抜けして走らなくなるなあと、かっちゃんと話してた。ちなみにかっちゃんのあほなことというのは、宗谷岬-佐多岬一気走り、ボクのは日本一周。おたがいアホだな(^_^ゞ バイク乗りというのは自虐的なのが多いのかもしれない。考えてみれば、車で走ったら雨でも平気なのに、わざわざバイクというのが、いかにも自虐的。でも車であんな日本一周やってみようなんて気には全くならない。バイクだからこそ走れるってところもあるんだな。
 それでもきのう久しぶりに走っててやっぱりバイクは気持がいいんだよなぁ。気合い入れてまた走ろうかなって気にはなったけれど、考えてみたら、今年も走れるのはあと1ヶ月か。以前なら耐寒ツーリングなんてバカもできたけど、正直そこまで根性はもうないです。

 ところで日記才人のカテゴリーを《日常生活》と《恋愛・失恋・男と女》にしてる。《日常生活》まだいいとして、最近さっぱり《恋愛・失恋・男と女》ちゃうもんなぁ。こういうのを羊頭狗肉というのか。そんなもん見て、来るやつなどおらんから、エエことにしておこう。《戯言》なんてカテゴリーがあっても、あ、《雑記》? うーん、ちょっとニュアンスがちがう。まぁ、どうでもいいか。


■2001/10/13 Sat■  [長年日記]

Pieter Breughel the Younger
A Drunkard sitts astride a Big Empty Egg
 目論み通りきっちり午前中までの締め切りに間に合わせて、余裕ヂャン(笑)、昼からヤモと大津までフランドル派の絵画展へ。
 大津ったって、泉大津じゃなくて、滋賀県の大津だ。しかも大津まで昼からバイクで走ろうってわけで、ふぅー疲れた(^_^ゞ 
 まずはお薦めの真琴で豚骨ラーメンで腹ごしらえ。偶然にも25周年記念で全品200円引き。しかも帰りには記念のタオルまでくれちゃって、「また来てや」って言われたら、イヤでも宣伝しとかなアカンだろ。200円引きは火曜まで。誰かこれ読んで行くか? でも25周年と聞いて、思わず鹿児島おばちゃんたちの25年前を思い浮かべてみた。25年前からあの鹿児島おばちゃんたちのまま変ってないような気がする。彼女達に妙齢というのはなかったんかい(^_^ゞ
 外環から1号線に入るつもりが、走ってみるとウザイので阪奈で奈良に抜けて24号で宇治まで、さらに大津でも瀬田だから、天ケ瀬越えて、いっぱしのツーリングやんか。走ってみたら100km越えてるじゃないの。しかもすでに4時過ぎ。こんなことならずっと下道を走って来ないで、せめて阪神高速で守口まででも走るべきだったと思っても後の祭りというもの。どうもバイクだとケチ臭くなっていけない。高速走るのは時間を買っていると思え、というのを、しみじみ感じる。こういうときにこそ時間を買わないでどうするんだよ>自分 おかげでせっかく行ったのに小1時間ほどしか見れなかったのだ。
 それでもしっかりちゃんと見るものは見たのだ。ほれ

 ・同じ穴から二人一緒に糞をする
 ・悪魔のもとへ告解に行く
 ・牛からロバへ跳び移る
 ・火に小便をかけるのは健康だ
などなど、ピーテル・ブリュ−ゲル(子)の『ネーデルランドの諺』
 実物を見ていて、初めてわかったことだけど、ひとつひとつのラインがすごく精緻なんだね。このブリュ−ゲル一族だけじゃなくて、ごくわずかだけど、北方ルネッサンスだとか、ルーベンスだとか、ほんと見てて飽きないんだよ。どこか猥雑だったり、悪魔的だったり、なんかありそで。やっぱり時間は倍ほしかったな。


■2001/10/12 Fri■  [長年日記]

Massive Attack Vs. Mad Professor
No Protection: Massive Attack Vs. Mad Professor
 ふぅ〜ん、きょうは芭蕉忌なのか。
 《1694年の今日,俳人・松尾芭蕉が亡くなった。「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」と詠んだのはこの時で,旅先の大阪で食中毒を患い,門人たちの看護の甲斐もなく,旅籠で51歳の生涯を閉じた。》
 へぇ、大阪で食中毒ね。あの芭蕉の最期の地が大阪だったんだ、と、感動ではないな、感慨深い?でもないな、感心した...ちょっとニュアンスが違うな。
 何年か前、いちばんよくバイクで走り回っていた頃に行くところ行くところに芭蕉の足跡(ソクセキ)があって、なんて奴なんだと、ちょっとリスペクトしてしまった。ボクの移動手段はバイクだったから、1日に500kmなんてことも可能だけれど、芭蕉の場合は歩きでしょ。『奥の細道』のときには《芭蕉は46歳という(当時としては)高齢だった。しかも病気がち。ところがこの旅で彼は,およそ600里の道のりを150日ほどで踏破》っていうのは凄すぎるよ。2400kmでしょ。
 98/08の『まご版・奥の細道』のときはなんぼ走ったんだろ。17-8日で3000弱くらいだったか。青森往復で2400kmはあるからね。それにしても凄すぎるな。(あ、時効だから、白状しておきますと、『まご版・奥の細道』には少しウソが含まれてます(笑))
   片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず
いいねぇ。この一部分だけでも改めて惚れ惚れしてしまう。で、ふと気がついたら、芭蕉の『奥の細道』も『まご版・奥の細道』も同じ46歳だったというのも何か通じているようでちょっとうれしい。そのうち、牡蛎だか海鞘だかにあたってくたばっちまうのかねぇ。
 きょうもまたBOOKOFF行ったら、藤原新也の『メメント・モリ』が100円。犬が人間の死体に齧り付いてる写真が鮮烈すぎる。その『メメント・モリ』の中のいくつかは『印度放浪』などで目にしたことのあるものだけれど、こうしてなかば写真集のようにして見せられると、ぐっと来るものがあるな。
 以前、印度に行って、積み重なっている死体を見に行こうとボクを誘ったのがいる。あれを見ると、もう悟ってしまう、解脱してしまう、だから煩悩を捨てに行こうと。でもボク自身はまだ煩悩だらけだから、ペナンだか、バリだか、ん?水上コテージのあるのはどこだ? その水上コテージで一日中女とやりまくって、それからだったら、印度に行って積み重なる死体を見てもいいなと思うのだった。


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