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■2002/05/31 Fri■  朝日のようにさわやかに [長年日記]

Eric Dolphy Quartet
Softly, As In A Morning Sunrise
 いつものように西名阪を走り抜けて天理から山の上にあがって行くとぐぐぐっと冷え込んできた。出る直前にゴアのへりーハンセンとか着込んで汗だくになっていたのがウソのように寒い。とくに下半身が芯まで冷えだした。ぐーっと我慢の子で亀山まで走ったら、もう100km近くで走るのが寒さで苦痛になってきた。なんでこの時期にこんな固まってしまうんだ?と、ほんとひさしぶりのツーリングのせいで暑さ寒さの感覚が狂っている。亀山で名阪から1号線におりて下道を行く。金、安くついてよろし。寒くてたまらんので、鈴鹿の第一旭でラーメンをすする。
 R23を名古屋まで走って、ここらかとぽっと曲がったらばっちり環状2号(R302)。このあたりさえてる。時間に十分余裕があったので、名阪の名古屋の外周に上がらずに下を走ったけれど、この下は信号多くて、やっぱり名古屋圏を通り抜けるのはちょっとでも金払うたほうがまし。(一宮-小牧なんか最悪よ)さらに春日井からそのまま下、R19を走って瑞浪のミニストップで休憩。
 駐車場の2台分を占領して、お子ちゃま暴やんの宴会の真っ最中。9人ほど地べたに座り込んで、みんながみんな茶パツで、をいをいもうちょっとどうにかならんかなんだけれど、岸和田なんかの暴ヤンにのいかつさに比べてどことなく可愛い。3mほど離れたところに座り込んでホットコーヒーをすするボクになんとはなしに遠慮気味。たぶん怪しいんだろうな、泥だらけのオフロードバイクをひとりで乗りつけて。前に鹿児島のヤンキーにも妙なリスペクトされたもんな。それでも宴会お開きになって、ノーへル2ケツでバンババンバンとエンジンを轟かせるのだけは一人前。連中の去ったあとはゴミだらけ。どんな教育されとんねん。
 瑞浪から中津川を過ぎるとますます冷え込んできた。なんぼも走らないで賎母に逃げ込む。寒い。福岡ナンバーのバイクが1台雨に濡れて止まっている。その前のベンチにシュラフにくるまったライダー1人。たぶん雨に遭うて先を断念したか。ボクはというとラッキーなことにそこまでに1,2回パラッと来たけれどそのまま走り抜けて雨に遭うてない。とにかくこれで雨に遭うたらもうダメ。なんせ、舐めきってるから、半そでのTシャツで、パッチなんか履いてませんよ。さすがに寒いから上だけはストームクルーザーを中に着て、その上にヘリーハンセン。ゴアの重ね着です。それでも冷えるのは下からで、ここでストームクルーザーの下も履いた。
 坦々と木曽路を北上。奈良井で13度。寒いはずだ。いつもなら洗馬で入ってしまうところを給油もせなあかんので塩尻の真ん中へ。塩尻十字路のロイホに逃げ込んで、座る間もなく「ホットケーキにホットコーヒー」 運ばれてきたコーヒーカップを掌で包み込むようにして暖をとる。こう寒かったら、もうお年なので、賎母のライダーのように野宿仮眠などでけへんわ。凍死してしまう。ホットケーキも食って、やっと一息ついて、買ったばかりの携帯をいじっていたら急激な眠気に。2時半。
 目が覚めたら4時過ぎ。ちょっと寒くて鼻水がたれる。目の前のコーヒーは完全に冷えきってしまって、ぼーっとタバコを喫っていると、ロイホのおねえさんが「温かいおかわりをどうぞ」と新しいカップでコーヒーをもってきてくれた。ロイホとはこんなに親切なのだ。日頃、ロイホのケチをつけてるのは反省しなければ。みんな、塩尻の十字路のロイホ、夜中に行ったりや。しかしこの夜中、もう明け方近くに子連れで来てるのって、聞こえる話し声は中国語。
 ロイホの優しいコーヒーのおかげですっかり元気を取り戻した。給油して塩尻北ICからR19を離れて、道標通りに走っていると、あずさ農道に入っていた。懐かしい。新村を過ぎると、《レストランニューあづさ》。ここはね、まわりがみんな《あずさ》なのに、旧かなで《あづさ》の由緒正しさがよろし。10年ぶりくらいちゃうかな。前はあんなによく通ったのに。倭橋で梓川を越えて、それでもこの早朝なのに、あずさ農道の信号のうざさと来たらたまったもんじゃない。あずさ農道を抜け道に使えなくなったのはそのせい、それと道路沿いにスーパーとかどっとできてしまって走っても気持ち良くないから。
 倭からサラダ街道の方に入っていく。ここはマイロード。明けはじめた松本平を見下ろして快適。まだ6時前なのか。それでも田舎の朝は早くて、朝飯前に草刈りをしてるおっちゃんとか、婆ちゃんが歩いていたり、それに民家の間を通り抜けるところでは火をおこすにおいが。むちゃ懐かしいにおい。朝の光というのはほんとに優しい。もうここまで来たら急ぐことはない。朝の光を堪能しながら走る。ほかに走る車もほとんどないのでちょっと脇に止まって朝の空気を吸い込む。青木湖ではオリンピック道路から離れて旧道を走った。気持ちいい。一晩、寒さをこらえて走った甲斐があったというもの。いや、そのために走ってきたような朝の光だった。

 6時半到着。連中の寝てる部屋に乱入。しかし車で結局、前の晩遅く着いてゆっくり寝てるかぁ。もったいない。ボクやったら、どこかで仮眠して朝から入れる温泉に行くけどねぇ。朝飯食うて寝る。連中もまた寝る。ボクはそら一晩走ってきてんから寝るやろけど、また寝るかねぇ。なんという弛緩した神経なのだ。
 12時にやっと起きて、北ヤマト園までお好み焼用のいもを買いだし。戻って、こいやでうな丼。やっぱりこいやのうなぎ、そんな言うほど美味いか? ボクはあのうなぎは好きやないな。肝吸いの肝もへめくそしか入っとらんのは許せん。いまだにこいやへの怨みは払拭できず。A型は執念深いのだ。
 腹もふくらませていよいよ小日向の湯へ。ぽかぽかと日が射して、温泉浴、日光浴、森林浴。とうぜんすっぽんぽんでまた寝る。温泉は寝てナンボ(笑) いや、マジに温泉つかって、湯の横で寝ることは至上の幸福。並み居る『ライバルは老人』(c)Pochiをすべて蹴散らかしてのたっぷり2時間、日が蔭って寒くなるまでつかってた。
 さてさて、夕食はどぉーんと山菜。いへ、ちょっとずつ小分けにされた山菜が並んで、これは何だ?うん?くちゃくちゃ、アカンわからん、料理長呼んできて説明してもらお。「あ、それはですね、うとぶきですね、ここらでは穴の開いてるのを宇登呂とか言うんですよ」ふむふむ、山ウド、アザミの茎、いら、さてあとひとつ何でしょ(笑) しずく菜、それが一番クセありますかねえと、なるほど、ボクはクセの強いのが好きじゃわと、つぎにうとぶきに箸を伸ばすと、うんうん、これも何とも言えぬ味が。皆さん、同じように、とくに誰かさんはうん?と小首をかしげ、口をぺちゃぺちゃと小さく動かしまさに吟味役。吟味の後には誰も聞かない蘊蓄たれておるのでありました。このように何が何だかわからん、玄人の山菜を供するのは、料理長のこだわりってもんでしょうか。下戸のボクでも日本酒ちびりちびり。そしてひときわどかぁーんと目を惹いたのが、根曲がり竹の塩釜。さらにこしあぶらの天ぷら。これに刺身がついて、さらにステーキが、そんなようけ食えるかいなというところに、どっと蕎麦。腹ばんばんになってさらっとお茶漬け食いたくなったというときに、鯛のお吸い物、鯛をオリーブオイルでさらっとあげたのに、な、なんとズッキーニだ。ははぁ〜〜、ごちそらまぁ。
 おやすみ。朝まで寝ます。


■2002/05/30 Thu■  新しい携帯 [長年日記]

The O'Jays
Back Stabbers
 早退かまして、まずは西成図書館に返却。中央とちがって平日は5時までなので、ちょっと土日に他の予定が入ったら返しに行けないのが不便。本だけだと返却ボックスにポイできるのにね。
 それから日本橋で携帯買うた。いちおう1000円。写メールできるやつね。うはうは。これで迷惑メールがまた増える(笑) 告知しておきます。090-6066-9757 maggot@jp-k.ne.jpはもう使えません。手続き待ってる間にぱらぱらと雨が降りだしてイヤな雲行き。
 さっさと家に帰って、さっさとツーリングのためのパッキング。きょうは準備も早い。なんて、ことはなくて、携帯を充電しがてら、いじってみた。字が大きくてよろし。色がぐっときれいになっとるし、これで1000円とは。久保田荘泊りだから、とくに何も持って行くものなどなくて、グレゴリーにちゃっちゃと詰めて、デジカメ、クリエ、携帯、i-Pod....いったい何やねん。電子機器ばかりじゃないの。それとそれらを充電するためのコード類がバカにならない。
 それでもなんとかかんとか、ぽっと飛び乗った。出たのは夕方7時。ボクにしては破格に早いんだよなぁ。7時なんていうとまだぐずぐずしてた。理由は簡単。雨だけがイヤだったから。雨域に覆い尽くされないうちにさっさと走ろうというだけ。
 ひさしぶりのロング・ツーリング。といっても、ツーリングそのもののために走るのじゃなくて単に移動手段としてバイクで走るというだけ。それでも去年1年間はほとんど走ってなくて、おとどしの10月以来だから、ちょっとうきうき。

■2002/05/26 Sun■  今月の御徒〜 疎開道路を行く [長年日記]

Walker Brothers
ダンス天国
 環状線の玉造から寺田町までどんなによっぽどうだうだ歩いても2,3時間だろ。いっそ西九条、弁天町回って歩きますか、などと冗談のひとつも出てきそう。だから、いつもの御徒の出発時刻11時じゃ早すぎるというヤモの提言で、12時半に変更しようとしたら、天性のせっかち男=蘊蓄斎が遅すぎるやろと文句を言う。またこう書くと、そんなこと言うてへんわぁと文句言うに決まってんだけど、じゃ中をとって12時7分はどうだ、いや12時4分がよろしと。そんなもん、知るかいな。ようは12時過ぎに行けばええんやろと。地下鉄のナンバでとんからメール来たときにはもうすでに12時4分だった。
 御徒には全然関係ない話だが、なんで地下鉄のなんばは携帯がバリ3なんよ。そのくせ車内じゃ相も変わらず、携帯のご使用は他のお客さんの迷惑になりますのでとうるさいのだ。なんか矛盾しとらん? つまりホームはよろしということだな。それなら窓とかのガラスをに鉄線でも入れて、シールド(静電遮蔽)状態にしとけばよろし。マジに対応する気など当局にはさらさらないのが見え見え。要は、携帯がうるさいと文句言うてくるものへの言い逃れに過ぎないんだよ、あれは。
 なんてことを書いていると、全然前へ進まん。これいつものこと。そしていつものように10数分遅刻して玉造の駅に着いた。ヤモと蘊蓄斎はろくろ首になっていた。
「とんは?」と聞くと、「まだやで、来るんか?」
 来るんかって、さっきナンバの駅で拾ったメールには「着きました。どこ?」としたためられていたではないか。どこにおるんじゃい、と携帯を入れてみたら
「来てるよ」「どこにおんねん」「ローソンあるやん」 あたりを見回してみるとローソンなんてありゃせん。
「どこにローソンなんかあんねん」「桃谷の駅前のローソンやんか」「も、桃谷ぃ〜? 玉造じゃ」「さっきメールに書いたやんか。とにかくそっち行きます」
 あらためてメールを見直すと、タイトルに「いま桃谷」とあるではないか。そんなもん見てるかい。めんどくさかったから、「どこ?」というのに「そこです」となんとまぁ無責任なレスをしたのだった。
 こうして玉造出発は予定通りの12時半になったのであった。

玉造〜鶴橋
 まずは疎開道路の入り口から入ってと、玉造の駅から東に向かって、適当に右に折れる。倉庫やら町工場やらが立ち並ぶ中に、ちょこちょこと古い戦前の家がぽつぽつ残っている。このあたり小さな軍需工場があったらしく、結構戦争で焼かれているらしい。疎開道路というのは、以前はてっきり田舎に疎開していく人たちがわんさか通ったから疎開道路と呼ぶようになったと思っていたのだけれど、さにあらず、このあたりかつては小さな民家がひしめき合っていて道幅が車一台ほどしかなかった。それでは戦災にあったときに延焼して被害が大きくなると民家をまびいて道幅を広げ、その道路で延焼するのを防ぐ目的のためにつくられたらしい。これとてあくまで伝聞なのでウソかもしらんよ。もっともらしい事言うの得意だからね。《鋲螺製作所》だの、《「れ」の書道塾》だの、《穴かがり所》だの、それら以外にもちょこちょこ町工場がぽこぽこあっって、その割りには日曜日のせいで、何やら間延びしたような街の雰囲気。比賣許曽神社なんてのが表通りからふっと入ったところにこっそりあったりするのがまた奥ゆかしくてよろし。
(つづく)

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